香港のホテルで取材に訪れていた小田貴月さんと偶然知り合うと、帰国後、手紙のやり取りを重ねるうちに、深い仲へとなっていった、高倉健(たかくら けん)さん。今回は、その後のお二人の生活や、結婚せずに養女とした理由などについてご紹介します。

「高倉健の養女は元女優の小田貴月(貴倉良子)!馴れ初めは?」からの続き

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高倉健と小田貴月の生活とは?

やがて一緒に暮らすようになった高倉さんと小田さんですが、小田さんは、高倉さんとの生活で食事を一番大切にされたそうで、1日に1食、しかもすべて外食だった高倉さんのため、1日2食プラス軽めの1食に増やし、高倉さんの好みの食材を取り入れながら献立を工夫されたそうです。

すると、高倉さんは、出かける時、

今日の夕食は何?

と、確認することが習慣になったといいます。

また、高倉さんは、家に帰ると、

今日はこんなことがあってね

と、必ず伝えてくれるほか、小田さんの意見もきちんと聞いてくれたそうですが、

その一方で、

今、映画の新作は何があるの?

これをどう思う?

などの質問がしょっちゅうあり、

それらの質問に対し、いつ何を問われてもすぐに対応できるよう、答えを準備しておかなければならなかったそうです。

そのため、「わかりません」とか「調べるからちょっと待ってください」ということは基本的になかったそうですが、

突然、「明日、はきたいから」と、新しいスラックスの裾上げを色違いで6本(全色)分も頼まれたことがあったそうで、ほかにもしなければならない用事があった小田さんは、その十分な時間が取れず、この時だけは、

私は魔法使いではないので

と、切実にお願いし、なんとか2色だけ選んでもらったそうです。

(高倉さんは、いくつもそろっている中から、その時の気分で選びたい人で、選べる自由があるということが好きだったそうです)

小田貴月は高倉健の幸せが自分の幸せと思っていた

そんな暮らしをされていた、高倉さんと小田さんですが、

小田さんは、

その時の私の仕事が高倉の伴奏者です。私と高倉との関係は決して形式に囚われたものではありません。楽しい瞬間は家での日々の生活のなかにちりばめられていました。

高倉が笑顔で日々を過ごしてくれるのが私の幸せ。何より、映画俳優という職業にここまで人生をかけている人の言葉、振る舞いに触れ、高倉の周波数と呼応しながら共に生きることに、「素晴らしい時間を分けていただいている」という実感がありました。

と、「自分の仕事がしたい」とか「ほかの男性と一緒になりたい」と思うことはなかったのだそうです。

長いロケに出る時はサイン入りの婚姻届を置いていった

一方、高倉さんも、長いロケに出かける時には、

何かあったらこれを出しなさい

と、自分のサインを入れた婚姻届を毎回置いていったそうで、

(もし、高倉さんに万一のことがあった場合、婚姻届は無効になって提出できなくなるのですが)

普段、籍や書類などにこだわらない高倉さんが、

これが僕の気持ち……

と、何枚も置いていった気持ちだけで、小田さんは、結婚できなくとも十分だったそうです。

「結婚」ではなく「養女」にした理由とは?

そんなお二人でしたが、2012年、小田さんのお母さんが倒れたことがきっかけで、患者本人の親族でない者は医師の説明すら聞くことができないと知った高倉さんは、お母さんよりも年上だった自分の今後を意識するようになったそうで、小田さんを養女にされます。

(「結婚」ではなく、「養女」にされたのは、高倉さんが結婚したと、世間が大騒ぎになることを恐れてのこと)

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養女(小田貴月)に看取られて息を引き取る

そして、やがて、高倉さんがガンに侵され、入退院を繰り返すようになると、

弱った姿を見られたくない

触れられたくない

という高倉さんの希望で、小田さんが24時間態勢で看病し、医療行為以外のほとんどの世話をされたそうで、

どなたかお会いしたいですか?

と、尋ねても、

高倉さんは、

貴(小田さん)がいればいいから

と、誰とも会おうとはしなかったそうで、

そのまま、高倉さんは、小田さんに看取られて息を引き取られたのだそうです。

「高倉健の養女と親族(実妹)が遺産を巡って揉めていた?」に続く

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