長嶋茂雄は脳梗塞で倒れるも通常の3~4倍のリハビリを敢行していた!


現役時代は、ここぞというチャンスで抜群の勝負強さを発揮し、「ミスタープロ野球」「燃える背番号3」などと称され、日本中の野球ファンを熱狂の渦に巻き込んだ、長嶋茂雄(ながしま しげお)さんは、2004年、68歳の時には、「脳梗塞」で倒れるも、不屈の精神でリハビリに取り組んでいたといいます。

「長嶋茂雄の現役(プロ野球選手)時代の成績が凄すぎる!」からの続き

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脳梗塞で倒れた後は通常の3~4倍のリハビリを敢行していた

長嶋さんは、2004年3月4日、「脳梗塞」で倒れているのですが、右半身の麻痺と言語障害が残り、主治医は家族に、「寝たきりも覚悟してください」と告げるなど、誰もが現場復帰は不可能だと考えていたそうです。

(脳梗塞の中でも後遺症が大きいとされる「心原性脳塞栓症」だったそうです)

そんな中、長嶋さんは、1週間後には立ち上がると、2週目には支えられながらもベッドの周りを歩き、すぐにリハビリを開始したそうで、

某スポーツ紙記者は、

本格的なリハビリに入ってからのメニューは、週に4日、1日2時間を予定していたそうなんですが、長嶋さんはその3~4倍にあたる毎日午前と午後に2時間ずつのメニューを続けていたと聞きました。

ちょっと前まで、元気だった長嶋さんが、ジャージー姿で顎を引いて苦痛に顔を歪めながら、右腕、右脚と上げ下げする懸命な姿は、見る人が涙するほど壮絶だったそうです

と、語っています。

9年間でリハビリ(筋トレ)を休んだのはたった2日間だけ

ちなみに、長嶋さんは、退院後も、朝7時に家を出て、公園や自宅近くの坂を歩くなど、毎朝45分の散歩と、マシンや鉄アレイを使った40分~1時間のトレーニングを欠かさず続けていたそうで、

(9年間のリハビリで休んだのは、大雪の日と、風邪で体調を崩した時のたった2回だけだったそうです)

番記者にも、

これはリハビリじゃない、筋トレなんだ

と、力強く語っていたそうです。

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懸命なリハビリの末に国民栄誉賞授与式ではグラウンドに

そして、2013年には、こうした懸命なリハビリの甲斐あって、右腕が肩の高さに上がるまで回復したそうで、同年5月5日に東京ドームで行われた国民栄誉賞授与式では、ともに国民栄誉賞を受賞した、愛弟子の松井秀喜さんと共にグラウンドに立ち、


国民栄誉賞授与式より。松井秀喜さん(左)と長嶋さん(右)。

「脳梗塞」で倒れて以降、初めて公の場所でスピーチをするほか、試合前の始球式にも参加し、バッター役で打席に入ると、ピッチャー役の松井さんが投げたボールに対し、片手打ちでバッドを振り、スタンドのファンを喜ばせたのでした。

(入院当初68キロまで落ちていた体重は、自身のベスト体重である73キロまで戻り、行きつけのレストランでの食事も、「脳梗塞」で倒れる前とほとんど変わらない量に回復したそうです)

「長嶋茂雄が入院する療養型病院が凄すぎる!」に続く


国民栄誉賞授与式の後、始球式でバットを振る長嶋さん。(審判は安倍晋三首相(当時)、投手は松井秀喜さん、捕手は原辰徳さんが務めました)

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