長嶋茂雄の現役(プロ野球選手)時代の成績が凄すぎる!


1959年の天覧試合では、阪神の村山実さんから決勝のサヨナラホームランを放った、長嶋茂雄(ながしま しげお)さんは、その後も、チャンスに無類の強さを発揮し、巨人の黄金時代に大きく貢献するのですが、そんな長嶋さんも寄る年波には勝てず、1973年にヤクルト戦で屈辱を受けると、1974年には、肉体的な衰えを理由に、ついに引退します。

「長嶋茂雄は天覧試合で村山実からサヨナラ本塁打を放っていた!」からの続き

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ヤクルト戦で屈辱を味わっていた

1958年8月6日に初めて4番に座って以来1972年まで毎年、チームで最も数多く4番に座ってきた長嶋さんも(通算1460試合)、

1973年に初めて、後輩の王貞治さんに最多4番の座を譲ると、この年は、打率2割6分9厘、20本塁打、76打点と成績が下降しているのですが、

1973年8月14日のヤクルト戦では、屈辱的な出来事があったそうです。

というのも、この日の4番は王さんで、長嶋さんは5番だったそうですが、ヤクルトのピッチャー・三原脩さんは、4番の王さんを5打席連続で敬遠し、すべての打席で5番の長嶋さんと勝負してきたそうで、しかも、長嶋さんは、1安打こそ放ったものの、得点チャンスの打席ではことごとく凡打してしまったのだそうです。

この結果に、長嶋さんはベンチでヘルメットを投げつけて悔しさを露わにし、試合後は、顔を真赤にしながら、「今日は本当についていない」と嘆いていたそうですが、

この出来事がきっかけで、敵の采配になす術のない自分を知り、球界の中心が自分から王さんへ変わったことを思い知らされたのだそうです。

肉体的な衰えを強く感じ現役を引退

そして、追い打ちをかけるように、同年10月11日には、後楽園球場での阪神戦において、三塁の守備で、後藤和昭さんの打球を右手薬指に当てて骨折し、残り試合の欠場を余儀なくされると、

ついには、翌年の1974年、肉体的な衰えを強く感じるようになったそうで、同年10月13日、長嶋さんは現役を引退したのでした。

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プロ野球現役時代&監督時代の成績

それではここで、長嶋さんの現役時代の成績をご紹介しましょう。

  • 1958年 153安打 打率3割5厘 29本塁打 92打点 37盗塁(34二塁打 8三塁打 89得点 四球36 敬遠15 出塁率3割5分3厘 長打率5割7分8厘)で、新人王・本塁打王・打点王最多安打・最多二塁打・最多得点・最高長打率
  • 1959年 150安打 打率3割3分4厘 27本塁打 82打点 21盗塁(32二塁打 6三塁打 88得点 四球70 敬遠17 出塁率4割2分6厘 長打率6割1分2厘)で、首位打者最多安打・最多得点・最高出塁率・最高長打率
  • 1960年 151安打 打率3割3分4厘 16本塁打 64打点 31盗塁(22二塁打 12三塁打 71得点 四球70 敬遠32 出塁率4割2分2厘 長打率5割4分2厘)で、首位打者最多安打・最多三塁打・最多四球・最多敬遠・最高出塁率・最高長打率
  • 1961年 158安打 打率3割5分3厘 28本塁打 86打点 14盗塁(32二塁打 9三塁打 84得点 四球88 敬遠35 出塁率4割5分6厘 長打率6割5分2厘)で、首位打者・本塁打王最多安打・最多二塁打・最多四球・最多敬遠・最高出塁率・最高長打率
  • 1962年 151安打 打率2割8分8厘 25本塁打 80打点 18盗塁(38二塁打 5三塁打 69得点 四球51 敬遠7 出塁率3割5分4厘 長打率5割2分2厘)で、最多安打・最多二塁打
  • 1963年 163安打 打率3割4分1厘 37本塁打 112打点 16盗塁(28二塁打 6三塁打 99得点 四球86 敬遠18 出塁率4割3分7厘 長打率6割5分7厘)で、首位打者・打点王最多安打・最多三塁打・最多敬遠・最高長打率
  • 1964年 144安打 打率3割1分4厘 31本塁打 90打点 13盗塁(19二塁打 6三塁打 81得点 四球96 敬遠15 出塁率4割3分3厘 長打率5割8分4厘)
  • 1965年 151安打 打率3割 17本塁打 80打点 2盗塁(23二塁打 5三塁打 70得点 四球50 敬遠12 出塁率3割6分3厘 長打率4割6分7厘)
  • 1966年 163安打 打率3割4分4厘 26本塁打 105打点 14盗塁(31二塁打 3三塁打 83得点 四球58 敬遠14 出塁率4割1分3厘 長打率5割8分6厘)で、首位打者最多安打
  • 1967年 134安打 打率2割8分3厘 19本塁打 77打点 2盗塁(25二塁打 3三塁打 65得点 四球37 敬遠4 出塁率3割3分4厘 長打率4割6分8厘)
  • 1968年 157安打 打率3割1分8厘 39本塁打 125打点 8盗塁(21二塁打 4三塁打 80得点 四球66 敬遠12 出塁率3割9分8厘 長打率6割1分3厘)で、打点王最多安打
  • 1969年 156安打 打率3割1分1厘 32本塁打 115打点 1盗塁(23二塁打 2三塁打 71得点 四球38 敬遠1 出塁率3割5分9厘 長打率5割5分6厘)で、打点王最多安打
  • 1970年 128安打 打率2割6分9厘 22本塁打 105打点 1盗塁(22二塁打 2三塁打 56得点 四球40 敬遠1 出塁率3割2分 長打率4割6分2厘)で、打点王
  • 1971年 155安打 打率3割2分 34本塁打 86打点 4盗塁(21二塁打 2三塁打 84得点 四球59 敬遠8 出塁率3割9分5厘 長打率5割8分1厘)で、最多安打
  • 1972年 119安打 打率2割6分6厘 27本塁打 92打点 3盗塁(17二塁打 0三塁打 64得点 四球63 敬遠11 出塁率3割5分2厘 長打率4割8分4厘)
  • 1973年 130安打 打率2割6分9厘 20本塁打 76打点 3盗塁(14二塁打 0三塁打 60得点 四球37 敬遠3 出塁率3割1分8厘 長打率4割2分2厘)
  • 1974年 108安打 打率2割4分4厘 15本塁打 55打点 2盗塁(16二塁打 1三塁打 56得点 四球24 敬遠0 出塁率2割8分8厘 長打率3割8分7厘)

と、現役生活17年2186試合で(読売ジャイアンツ)、

通算 2471安打 打率3割5厘 444本塁打 1522打点 190盗塁(418二塁打 74三塁打 1270得点 四球969 敬遠205 出塁率3割7分9厘 長打率5割4分)と、素晴らしい成績を残しています。

また、現役引退後は、1975~1980年、1993~2001年と、2度に渡って、読売ジャイアンツの監督に就任すると、15年間の監督生活で、通算1034勝、リーグ優勝5回、日本一2回、Aクラス12回と、監督としても輝かしい成績を残しています。


1974年10月14日、後楽園球場で行われた引退試合の後、ファンに別れを告げる長嶋さん。

「長嶋茂雄は脳梗塞で倒れるも通常の3~4倍のリハビリを敢行していた!」に続く

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