1960年にプロボクサーデビューすると、1962年には、見事、第13代日本フライ級チャンピオンに輝いた、たこ八郎(たこ はちろう)さんですが、
実は、幼少期、友達と泥の投げ合いをして遊んでいた際、友達の投げた泥玉が左目に当たり、失明していたそうで、高校時代には、ボクシングに熱中し、左目のハンデを補うため、サウスポースタイルで県大会を優勝するまでに実力をつけるも、プロボクサーは断念していたといいます。
今回は、たこ八郎さんの、知られざる生い立ち(幼少期)からボクシング復活までをご紹介します。
たこ八郎のプロフィール
たこ八郎さんは、1940年11月23日生まれ、
宮城県仙台市新田(現・宮城野区)の出身、
身長160センチ、
体重40キロ、
(未熟児で生まれたため小柄だったそうです)
学歴は、
仙台育英学園高等学校卒業、
本名は、「齋藤清作(さいとう せいさく)」で、プロボクサー時代の愛称は、かっぱのように刈り込んだヘアスタイルから「河童の清作」、
その後、弟子入りした由利徹さんから名付けられた芸名が「たこ八郎」だそうです。
ちなみに、「たこ八郎」は、由利徹さんの行き付けの近所の居酒屋の名前「たこきゅう」を文字ったものだそうです。
たこ八郎は幼い頃から人を楽しませることが大好きでサービス精神旺盛な子供だった
たこ八郎さんは、宮城県仙台市で、米農家を営むお父さんとお母さんのもと、8人兄弟の次男(第4子)として誕生すると、
幼い頃から、人を楽しませることが大好きな少年で、小学校ではムードメーカー的な存在だったそうです。
また、たこ八郎さんは、サービス精神旺盛な子供だったそうで、終戦後、大陸から引き揚げてきた転入生にお米をご馳走しようとしたこともあったそうです。
(最終的には、転入生の人数が予想よりも多くてお米が足りずに断念したそうです)
たこ八郎は9歳の時に友達の投げた泥玉が左目に当たり失明していた
そんなたこ八郎さんは、9歳(小学校3年生)の時、友達と泥の投げ合いをして遊んでいた際、友達の投げた泥玉がたこ八郎さんの左目にまともに当たったそうですが、
そのまま放置し、病院に行かなかったことが原因で、時が経つにつれて視力が低下し、最後には光を感じるだけとなってしまったそうです。
(たこ八郎さんは、左目にケガを負ったことを誰にも話さなかったのだそうです)
たこ八郎の高校時代はサウスポースタイルでボクシングに熱中するも限界を感じプロボクサーは断念していた
それでも、たこ八郎さんは、高校時代、ボクシング部に入部すると、ボクシングに熱中するようになり、
高校2年生の時には、(もともと右利きだったのですが、左目のケガのため)サウスポー・スタイルに変更し、右のストレート気味のジャブから入って、利き腕の右をしばしば放って距離を測りつつ、左を思いきり放ち、宮城県大会では、見事、優勝したそうですが・・・
もともと、左利きではないため、相手に与えるダメージは少なく、ヒットしてもKOには結びつかず、KO勝ちは一度もなかったそうで、
このままでは、プロになれるとは思えず、プロボクサーは断念したのだそうです。
たこ八郎は高校時代には喜劇役者も夢見ていた
そんなたこ八郎さんは、高校時代、ボクシングをやりながらも、芸能界への夢も膨らませ、ジェリー・ルイスとディーン・マーチンのコンビが演じるドタバタコメディ映画「底抜けシリーズ」を夢中で見ていたそうで、
やがて、将来は人を笑わせる喜劇役者になりたいと思うようになったそうです。
たこ八郎は高校卒業後は集団就職で上京しフィルム運びをしていた
そんなたこ八郎さんは、高校卒業後は、東京に行きたい一心から集団就職で上京すると、
東京では、様々な職を転々とする中、たまたま新聞の募集広告で見つけた映画配給会社の社員募集に応募し、採用されたそうで、これで芸能界に一歩近づいたと喜んだそうですが、
仕事はというと、フィルム運び(一本のフィルムが何軒かの映画館で代わる代わる使われるため、自転車でフィルムを映画館から映画館に差し替えのために走って回る)ばかりだったそうで、
それでも、仕事は嫌ではなかったそうですが、やがて、自転車を漕ぐ脚力だけが要求されるこの労働が、映画とは何の関係もないことに気づき、焦りを覚え始めたといいます。
(その時、すでに2年の歳月が経っていたそうです)
たこ八郎は就職して2年後にボクシングを再開していた
そんなある日のこと、たこ八郎さんは、偶然、通りかかった建物の前に、「笹崎ボクシングジム」の看板と「練習生募集!」の張り紙を見つけ、左目の古傷から一時は諦めかけたボクシング熱が再燃したそうで、
さっそく、翌日、笹崎ボクシングジムに入門したのだそうです。
「【画像】たこ八郎の若い頃はボクシング日本フライ級王者!戦績は?」に続く
失明していた左目のハンデを隠すため、サウスポースタイルに変更し、相手に打たせて打つ戦術で、見事、日本フライ級王者に輝くと、タイトルを2度防衛し、34勝(11KO)8敗1分という戦績を残した、たこ八郎(たこはちろう)さん。 …