1969年、19歳の時、大映に入社し、「あゝ陸軍隼戦闘隊」で映画デビューすると、その後、大映の倒産などがありながら、1974年、25歳の時、特撮ドラマ「仮面ライダーX」で主人公・神敬介/仮面ライダーXに抜擢されて、脚光を浴び、
1977年、28歳の時には、「花王愛の劇場・乱れる」でヒロインの相手役を務め、ブレイクを果たした、速水亮(はやみ りょう)さん。
今回は、そんな速水亮さんの、若い頃から現在までの経歴を代表作を交えて時系列でご紹介します。また、最後には、出演作品(テレビドラマ、映画)の一覧もご紹介します。

「速水亮の生い立ちは?幼少期は?高校は柔道無敗も退学!中退後上京していた!」からの続き
速水亮は19歳の時に映画「あゝ陸軍隼戦闘隊」の通信将校役で俳優デビュー
1969年、19歳の時、「大映ニューフェイス」に合格した速水亮さんは、大映に入社後、半年間、研修に通った後、1969年10月1日、大映と正式に契約したそうで、
その直後、映画「あゝ陸軍隼戦闘隊」の通信将校役で俳優デビューを果たしています。(「炎三四郎」名義)
ちなみに、速水亮さんは、セリフが多い役だったそうですが、NGを出さなかったことから、撮影所から度胸を認められたそうです。
速水亮は21歳の時に特撮映画「ガメラ対大魔獣ジャイガー」で主人公の沢田圭介役に抜擢されていた
そんな速水亮さんは、その後、脇役で映画に数本出演した後、1970年、21歳の時には、特撮映画「ガメラ対大魔獣ジャイガー」で、いきなり、主人公の沢田圭介役に抜擢されています。

「ガメラ対大魔獣ジャイガー」より。
速水亮は21歳の時に大映に辞意を伝えるも引き止められていた
しかし、その後、大映から入れられたエキストラの仕事を2度続けて断ったところ、ペナルティとして半年近くも仕事を干されてしまったそうで、
もともと、速水亮さんは、不本意な芸名(炎三四郎)を付けられていた不満もあったことから、数人の俳優仲間と共に大映へ辞意を伝えると、
大映側からは、速水亮さんのみ、引き止められたのだそうです。
速水亮は22歳の時に「海兵四号生徒」に出演するも大映が倒産
そして、同年(1971年)、大映京都撮影所作品の「海兵四号生徒」で仕事をもらったそうですが・・・
撮影を終えて東京に戻ると、なんと、大映が倒産してしまったそうで、
フリーとなった速水亮さんは、仕事があまりなく、しばらくは、アルバイト生活を余儀なくされたのだそうです。
(速水亮さんは、この「海兵四号生徒」で「豊田正文」に改名しているのですが、この芸名を使ったのは、この作品のみだったそうです)
速水亮は24歳の時に特撮映画「鉄人タイガーセブン」の主役オーディションを受けるも落選していた
その後、速水亮さんは、芸能事務所「富士企画」に所属すると、「富士企画」は子供向け番組の俳優を多く抱える事務所だったことから、
1973年、24歳の時には、特撮映画「鉄人タイガーセブン」の主人公・滝川剛/タイガーセブン役のオーディションを受けたそうですが・・・
あえなく落選してしまったそうです。
速水亮は25歳の時に特撮ドラマ「仮面ライダーX」で主演を務め脚光を浴びていた
しかし、事務所の社長が、東映のプロデューサーの平山亨さんと阿部征司さんと交流があったことから、特撮ドラマ「仮面ライダーX」の主演の話を持ちかけられると、なんと、オーディションではなく、面接を受けただけで、すんなり合格したそうで、
速水亮さんは、1974年、25歳の時、仮面ライダーシリーズの3作目となる「仮面ライダーX」で、主人公・神敬介/仮面ライダーXを演じると、たちまち脚光を浴びたのでした。

「仮面ライダーX」より。
ちなみに、速水亮さんは、この「仮面ライダーX」は俳優生活の原点だと思っているそうで、
初代の藤岡弘、さんが仮面ライダーとして大ブレイクを果たして、僕が演じる時には『仮面ライダーを演じる俳優は、スターになる』という定説があった。それまでくすぶっていましたし、決まった時は『やったー!』という気持ちでしたね
と、語っています。
速水亮は28歳の時に「花王愛の劇場・乱れる」でヒロインの相手役を務め人気を博していた
そんな速水亮さんは、1977年、28歳の時には、TBSの昼のドラマ「花王愛の劇場・乱れる」で、ヒロインの相手役という大役に抜擢されると、ドラマは大ヒットし、
クールな中にナイーブさを秘めた役柄を演じた速水亮さんには、TBSに1日平均20件の女性からの問い合わせ電話が入り、ファンレターは1日平均40通も届くなど、たちまち大ブレイクを果たしたのでした。
ちなみに、速水亮さんは、大映最後のニューフェイスとして芸能界入りしたものの、直後に大映が倒産するという憂き目に遭い、職を転々とする苦労の連続だった中、
いつか俺にも運は向いてくる
と、希望を捨てずに耐え続け、
デビューから5年後に、「仮面ライダーX」でチャンスを掴み、この「花王愛の劇場・乱れる」でブレイクを果たしており、
速水亮さんは、当時、
こんな大きなチャンスに恵まれ、役者をやっていてよかったとつくづく感じています。「動」から「静」の男、ナイーブな男を演じてみましたが、この機会にもう一歩、前進してみたいとファイトを燃やしています
と、語っています。
また、鈴野尚志プロデューサーは、速水亮さんを起用した理由について、
ネームバリューの点からみて、正直言って、速水の起用は冒険だった。だが、彼に会ってみて不安だった材料が単なる危惧だと感じた。苦労してここまできた男の、ある種の人間的魅力、子供に人気のある役者は女性にも十分通用する
と、語っています。
速水亮は29歳から「花王・愛の劇場」に頻繁に出演するようになっていた
この成功で、速水亮さんは、以降、「花王・愛の劇場」(お昼のメロドラマ)に頻繁に出演するようになり、
- 1978年「別れて生きる時も」

「別れて生きる時も」より。松原智恵子さんと速水亮さん。 - 1979年「女の一生」
- 1981年「あした幸福」
- 1982年「赤い関係」
- 1985年「お鏡」
- 1994年「夏は秘密がいっぱい!」
と、ヒロインの相手(恋人)役を務めています。
速水亮は31歳の時に幼少期のトラウマを克服し講演活動を始めていた
ところで、速水亮さんは、1980年、31歳の時、精神科医アーサー・ヤノフ博士が提唱する「原初(プライマル)療法」を体験したといいます。
というのも、速水亮さんは、6歳の時に両親が離婚して、母方の祖父母に預けられ、母親は出稼ぎに出ていたため、母親と会えるのは年に2回ほどという環境で育っていたことから、
子供心に、わがままを言えば大人が困ることを察し、両親の離婚時も、母親が遠くへ行く時も、一度も泣いたり、わがままを言ったりせず、ひたすら感情を押し殺していたそうですが、
その時に抑え込んだトラウマが大人になってからも影を落とし、何かの拍子に心の奥底の感情が刺激されると自分をコントロールできなくなり、一度泣き始めると言葉を失うほど激しく感情が溢れ出すなど、大人になってからも、長年蓄積された感情の揺り返しに苦しんでいたのだそうです。
それが、この療法を通じて、抵抗力のない幼児期に親から受けた心の傷(トラウマ)がその後の性格を決定づけ、のちの神経症(心の病気)を引き起こす原因になっていることを知り、
また、自身がトラウマを解放する訓練を受けるだけでなく、100名以上の人々がトラウマから解放される現場にも立ち会ったことで、
いつか同じ悩みを持つ人を助けたい
という強い想いを抱くようになったそうで、
その後、速水亮さんは、「心の病気は自分で治せる」「チャンスは逆境から」といったテーマで講演会を開催しているのだそうです。
速水亮は40歳の時に「華の別れ」でヒロインの相手役
さておき、速水亮さんは、1989年、40歳の時には、お昼のドラマ「華の別れ」でヒロインの相手役を務めているのですが、
この作品は、再放送が繰り返されるほどの人気を博し、「仮面ライダーX」と並ぶ、速水亮さんの代表作となっています。

「華の別れ」より。手塚理美さんと速水亮さん。
速水亮は45歳の時に「氷炎 死んでもいい」でヒロインの恋人役
また、速水亮さんは、1994年、45歳の時には、お昼のドラマ「氷炎 死んでもいい」でもヒロインの恋人役を務め、女性視聴者の間で変わらぬ人気を誇っています。

速水亮は63歳の時に「自己免疫性胆管炎」(東京都難病指定)と診断されていた
しかし、そんな速水亮さんも、2012年、63歳の時、胃の不調を感じ、病院で検査を受けると、「胆管ガン」の疑いがあると診断されたそうです。
ただ、その後、血液検査の結果の連絡がないまま20日間放置されるほか、その病院は「胆管ガン」の治療実績が年に5例しかないことが分かったそうで、
不安に思った家族の勧めもあり、「胆管ガン」専門の科がある大きな病院で改めて再検査すると、検査の結果、東京都では難病に指定されている「自己免疫性胆管炎」だと診断されたのだそうです。
ちなみに、この「自己免疫性胆管炎」は、2007年頃に新しく見つかった難病で、これまで「胆管ガン」と勘違いされ、ガンでもないのに抗ガン剤を処方されたことで、多くの人が亡くなっていたといいます。
このことから、速水亮さんも、「もしあのまま前の病院にいたら・・・」と思うと同時に、前の病院が「胆管ガン」を疑っていたのも無理はないと理解を示しています。
速水亮の現在は?
そんな速水亮さんは、2020年4月19日(速水亮さん70歳)、自身のブログで、
私に至っては、ヤバい条件ほぼ100%なのです。まず年齢(高齢者)そして糖尿病(これは薬のせいですが)医師に言わせると、不摂生の糖尿病も薬の副作用による糖尿病も、糖尿病に変わりはないそうです。
それに循環器等の病気・・・私はこの間、心筋梗塞をやったばかりです・・・それに自己免疫、このウイルス(コロナウィルス)は自己免疫を強くしろと言っていますが 私は、8年前から胆管炎の治療で自己免疫を抑制する薬をずーと飲んでいます。
この薬のせいで、糖尿病になっているのですが・・・
と、「自己免疫性胆管炎」だけではなく、様々な病気を抱えていることを明かしているほか、
2022年1月で自身のブログの更新もストップし、テレビドラマや映画にも出演していません。
そのため、詳しい活動状況は不明で、お体の具合が心配されますが、2025年12月には、特撮ヒーローもののイベント(サイン会・写真撮影会)「TOKYO TOKU SPIRITS 2025」に出演し、元気な姿を見せているので、
現在は、体調をみながら、マイペースで活動を続けているのかもしれません。

速水亮の出演作品(映画)
それでは、最後に、速水亮さんの出演作品をご紹介しましょう。
映画では、
- 1969年「あゝ陸軍隼戦闘隊」
- 1970年「続・いそぎんちゃく」
- 1970年「太陽は見た」
- 1970年「女秘密調査員 唇に賭けろ」
- 1970年「高校生番長 棒立てあそび」
- 1970年「ガメラ対大魔獣ジャイガー」
- 1970年「おさな妻」
- 1971年「君は海を見たか」
- 1971年「海兵四号生徒」
- 1974年「五人ライダー対キングダーク」※主演
- 1976年「撃たれる前に撃て!」
- 1978年「残照」
- 1979年「戦国自衛隊」
- 1983年「悪女かまきり」
- 1989年「丹波哲郎の大霊界 死んだらどうなる」
- 1992年「心臓抜き」
- 1992年「お兄ちゃんありがとう」※主演
- 1995年「嵐の季節」
- 1996年「妖獣伝説ドラゴンブルー」
- 2004年「1リットルの涙」
- 2014年「平成ライダー対昭和ライダー 仮面ライダー大戦 feat.スーパー戦隊」※主演
速水亮の出演作品(テレビドラマ)
テレビドラマでは、
- 1972年「青春をつっ走れ」

「青春をつっ走れ」より。間宮実さん(左)と速水亮さん(右)。 - 1974年「仮面ライダーX」※主演
- 1975年「新・七人の刑事」
- 1976年「全員集合!7人の仮面ライダー!!」
- 1977年「花神」
- 1978年「俺たちの祭」
- 1979年「赤いさそりの美女」
- 1980年「仮面ライダー(新)」
- 1981年「炎の犬」
- 1982年「誘拐の報酬」
- 1983年「金田一耕助の傑作推理 ミイラの花嫁」
- 1984年「人妻捜査官」
- 1985年「お鏡」
- 1986年「金田一耕助の傑作推理 死仮面」
- 1987年「おさと」
- 1988年「裸の大将放浪記30」
- 1989年「華の別れ」※主演

「華の別れ」より。手塚理美さんと速水亮さん。 - 1990年「暴れん坊将軍III」
- 1991年「八百八町夢日記」
- 1992年「世にも奇妙な物語」
- 1993年「七人の女弁護士3」
- 1994年「鬼平犯科帳」
- 1995年「八代将軍吉宗」
- 1996年「大岡越前 第14部」
- 1997年「金田一耕助の傑作推理 幽霊座」

「金田一耕助の傑作推理 幽霊座」より。 - 1998年「はぐれ刑事純情派XI」
- 1999年「しおり伝説~スター誕生~」
- 2000年「おかしな二人」
- 2001年「HERO」
ほか、数多くの作品に出演しています。
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