1978年、NHK大河ドラマ「黄金の日日」で石川五右衛門役を演じブレイク。その後、1980年「影武者」、1982年「さらば愛しき大地」、1985年「乱」での演技が高く評価された、根津甚八(ねづ じんぱち)さん。その後も、映画、テレビドラマで活躍されるのですが、2004年に芸能活動を休止されると、長い闘病生活の末、2016年に他界されています。
そんな根津さんの、芸能活動休止から、
他界されるまでを調べてみました。
目の病気で芸能活動を縮小
根津さんは、2001年頃から、
右目の下まぶたが垂れ下がって、
ものが二重に見えるという、
難病「右目下直筋肥大」を患われ、
下まぶたを整形する手術を、
受けられるのですが、
そのせいで、左右の顔のバランスが、
変わってしまいます。
そこで、耳の軟骨を、
右目の下まぶたに注入されるのですが、
今度は、目の周りが垂れ下がり、
再び手術。
こうして、根津さんは、
6回も手術を繰り返されるのですが、
ついに、顔が元通りに戻ることはなかったそうで、
根津さんは、大変なショックを受け、
今度は、うつ病に。
そして、芸能活動を縮小し、
リハビリのため、通院治療をされるのですが・・・
そんな根津さんを、
さらなる不幸が襲います。
交通事故
2004年、根津さんは、車を運転中、
前方左側から道路を横切ろうとした自転車の男性と、
交差点の真ん中で衝突。
その日の夕方に、自転車の男性が、
亡くなってしまったのです。
被害者の弔問に訪れた根津さんは、
憔悴しきって顔面蒼白、足元はおぼつかず、
非常に痛々しい姿だったそうで、
根津さんは、その後、
同年の映画「るにん」の出演を最後に、
芸能活動を休止されたのでした。
お通夜に出席した根津さんと奥さん。
闘病生活~引退
そして、芸能活動休止中も、
闘病を続けていた根津さんですが、
2005年には、1993年の海外ロケで、
落馬し痛めた腰椎が悪化。
手術を受けられるも、その後遺症で、
杖が手放せない生活を強いられます。
それでも、もう一度映画に出たいという思いを胸に、
治療を続けられるのですが、症状は改善せず、
俳優を続けることが困難だと判断した根津さんは、
2010年、ついに引退を表明されたのでした。
「GONIN サーガ」で映画復帰へ
そんな根津さんですが、
「るにん」以来、実に11年ぶりに、
2015年、
映画「GONIN サーガ」で復帰。
「GONIN サーガ」より。
この作品は、1995年の、
石井隆監督作品「GONIN」の続編で、
根津さんは、前作に引き続き、
元刑事の氷頭要役を演じられているのですが、
石井監督が、前作のラストで死んだ氷頭を、
根津さんのために、生きていたことにして、
続編を計画されたそうで、
根津さんは、石井監督に熱心に誘われ、
本をじっくり読んで、
これなら今の自分にできるという気持ちが湧いてきた。
と、復帰を決意されたのでした。
そして、撮影が終わると、
天が再び機会を与えてくれるものなら、
仕事を続けたかった思いももちろんある。でも、監督や共演者を始め、スタッフ全員の支えがあって、
やり遂げたことで、未練を捨てて終止符を打てたと思うし、
そう思える機会を与えてくれた方々に深く感謝している。
と、語られています。
ちなみに、主演の東出昌大さんや桐谷健太さんらは、
根津さんのすさまじい役者魂に感極まり、
涙を流されたそうで、
東出さんは、
氷頭のあの迫力に圧倒されたそのとき、
現場で声を荒げたり怒鳴ったりしたことのない石井監督が、
「氷頭さん顔上げて」と叫ぶ様に演出をなさいました。ご病気で麻痺の残る根津さんに叫ぶ監督の声は、
自分の身も引きちぎる思いと共に、
叫んだ声なのだと瞬間に理解しました。その日の帰り、根津さんのお車を送り出す時、
僕は何も言葉が浮かんでこなかったことを覚えています。感動とか、言葉にするだけ無駄な思いを、
根津さんと共演させていただき、感じました。
と、おっしゃっていました。
「GONIN サーガ」の撮影現場より。根津さんと石井隆監督。
死去
そして、2016年、
根津さんは、体調を崩し入院されると、
同年12月、肺炎のため、
都内の病院で他界。
最期は、近しい人でさえ面会を避け、
奥さんである、仁香(じんか)さんと、
夫婦水入らずの時を過ごし、
穏やかに息を引き取られたとのことでした。
さて、いかがでしたでしょうか?
2015年「GONIN サーガ」の、
舞台あいさつを欠席された根津さんは、
主演の東出さんに手紙を託し、
東出さんが代読。
その手紙には、
「たすきを引き継いでいきたい」
と、語った東出さんに対して、
「その言葉で、演じたいのに演じることのできない、
無念を断ち切ることが出来ました」「自分の思いを次の世代が背負ってくれる、
自分はできる精一杯をしたんだという気持ちで、
俳優人生を締めくくることができました」
と、綴られていましたが、
無念さを断ち切れる訳などなく、
美しい引き際を演じることで、
ご自身を納得させられたのでしょう。
幼い頃は対人恐怖症気味であったなど、
人生を通して精神的に苦しまれた根津さんですが、
今は、ただ、安らかに眠ってほしいですね。
ご冥福をお祈り致します。