独ハンブルクでは、映画館裏の、猛烈な悪臭漂う、凍えるように寒い部屋に住まわされつつ、毎日、夜通し、ぶっ続けという超過酷労働で、「インドラ・クラブ (Indra Club)」での演奏を続けていた、スチュアート・サトクリフ(Stuart Sutcliffe)さんたち「ビートルズ」ですが、やがて、そのパフォーマンスが噂となり、人気を博します。
「スチュアート・サトクリフはビートルズで悪臭漂う部屋に住んでいた!」からの続き
「インドラ・クラブ(Indra Club)」で人気を博す
当初は初めての外国ということもあり、おとなしく演奏していたという「ビートルズ」ですが、マネージャーのアラン・ウィリアムズさんのアドバイスに従い、ステージ上で飛んだり跳ねたり派手に動き回るようになると(スチュアートさん以外)、
その甲斐あって観客が徐々に増え、さらには噂が噂を呼び、やがてはお客があふれかえるほどの人気を博したそうです。
(「ビートルズ」は、英リヴァプールでは、せいぜい1時間の演奏だったそうですが、独ハンブルクでは、連続して4~6時間も演奏しなければならなかったため、新たな演奏方法を考え出さなければならなかったことも功を奏したそうです)
「インドラ・クラブ」が騒音で訴えられ閉鎖
しかし、2ヶ月後には、上の階に住む女性から騒音で訴えられ、「インドラ・クラブ(Indra Club)」は閉鎖されてしまいます。
というのも、それまではほとんどお客が来なかったクラブが、午前2時まで人がごった返すようになったからなのですが、「ビートルズ」は、1960年8月17日から10月3日まで、実に48日間、連続で演奏し続けたのだそうです。
「カイザーケラー(kaiserkeller)」でも人気を博す
そこで、翌日の晩からは、「インドラ・クラブ」の経営者のブルーノ・コシュミダーさんが所有する、別のクラブ「カイザーケラー(kaiserkeller)」に移って演奏を続けるのですが、
ますます「ビートルズ」の人気はうなぎのぼりとなったそうで、ここでも、10月4日から11月28日まで実に56日間も連続で演奏し続けたそうです。
(ちなみに、夜間、長時間の演奏を乗り切るため、スチュアートさんたち「ビートルズ」のメンバー(ピート・ベストさん以外)は、食欲抑制剤で覚醒効果もあるプレルディンという精力剤を飲んでいたそうで、ろくに食べず、睡眠もあまりとらず、お酒だけガブガブと飲むという、かなり不摂生な生活だったそうです)
初対面のリンゴ・スターにご馳走していた
ところで、ちょうど同じ頃、ハンブルクには、バンド「ロリー・ストーム&ザ・ハリケーンズ」のメンバーとしてハンブルクに巡業に来ていたリンゴ・スターさん(後に「ビートルズ」のメンバー)が、
初めてのハンブルクで土地勘がなく、グロッセフライハイトの辺りをさまよい歩いていたところ、スチュアートさんとぶつかったそうですが、
リンゴさんによると、スチュアートさんは、初対面にもかかわらず、お腹をすかしていた自分をカフェに連れていき、パンケーキをご馳走してくれたそうで、
そんなこともあり、その後、「ロリー・ストーム&ザ・ハリケーンズ」も「カイザーケラー」に出演するようになると、ドラムを担当していたリンゴさんは、「ビートルズ」のメンバーとも親交を深め、ピート・ベストさんが何度かステージを休んだ際には、代わりに「ビートルズ」でドラムを叩くようになったのだそうです。
ベースを演奏するスチュアートさん。
「スチュアート・サトクリフとアストリッド・キルヒャーの馴れ初めは?」に続く