名バイプレーヤーとして、テレビドラマや映画に引っ張りだこの、平泉成(ひらいずみ せい)さんですが、プライベートはどのようなものなのでしょうか。今回は、そんな平泉さんのプライベートについてご紹介します。
「平泉成は田中健のためにケーナを手作りしていた!」からの続き
妻・里香には一目惚れしていた
平泉さんは、1980年、36歳の時に、13歳年下の里香さんと結婚しています。
実は、平泉さんが、友達がオープンしたレストランに遊びに行った際、そこでアルバイトとして働いていた里香さんに一目惚れしたそうで、結婚を前提とした交際をしたいと思い、すぐにアプローチを開始したそうですが・・・
(その時、里香さんはまだ20歳の大学生だったそうです)
里香さんはというと、当初は、平泉さんのことを、犯人役を演じる「怖いおじさん」だと思って逃げていたのだとか。
それでも、平泉さんは、そんな里香さんの誤解を解くため、白いシャツを着て清潔感をアピールするなどして、口説き落としたのだそうです♪
愛妻家
そんな平泉さんは、今でも里香さんに対する気持ちは変わらないそうで、
- 結婚記念日や誕生日には手紙をプレゼントする
- 二人で一緒によく食事に行く
- 里香さんの買い物に積極的に付き合う
- (できる時は)家事も全部手伝う
- 何か揉め事があった時には、先に謝る
と、愛妻家なのですが、
特に、同世代の俳優仲間が次々と他界している近年は、残りの人生、普通に仕事をしつつ、里香さんとの時間を増やしたいと考えているそうで、
今があるのは100%かみさんのおかげ。僕の宝物です。感謝を忘れずに過ごしたいね
と、語っています。
息子(長男)は元俳優の平泉陽太
ちなみに、平泉さんと里香さんの間には、男の子と女の子が一人ずつ誕生しているのですが、1982年4月13日に誕生した男の子は、元俳優の平泉陽太(ひらいずみ ようた)さんです。
陽太さんは、2000年から芸能活動を始めると、2003年には、テレビドラマ「ウォーターボーイズ」で、お父さんの平泉さんと共演し、俳優デビューを果たしているのですが、俳優活動は2006年までで、その後は、ソニーに入社し、会社員となっているそうです。
「ウォーターボーイズ」出演時の平泉陽太さん。
娘(長女)はテレビ朝日に勤務
また、1988年に誕生した女の子は、平泉季里子(ひらいずみ きりこ)さんで、現在、テレビ朝日で、ドラマ等の宣伝を担当しているそうで、お父さんの平泉さんとも、時々、テレビ番組にも出演しているのですが、
平泉季里子さん。
平泉さんは、「趣味は家族」と公言するほど、家族が大好きで、1993年に撮影した家族写真を肌身離さず持ち歩いているそうで、
やっぱり家族が大事ですからねえ。36歳で結婚しましたが、なにがなんでも芝居、家庭があとで芝居が先、とはならなかった。
子育てもけっこうしたと思います。子どもを初めて持ったとき、まったく知らない世界だったからおもしろくて、自然と夢中になりましたよ。
家族の存在があるから「もっといい芝居して、もっと仕事をがんばらなきゃ」と思える。悪役や犯人役も喜んで引き受けたし、全てを一生懸命にやってきた。
役者として「板(舞台)の上で死にたい」という人もいるだろうけど、そうは思わないんですよね。畳の上で死にたいし、やっぱり役者は楽しくできることがいいなあ
と、家族の存在がお芝居をするうえでのエネルギーとなっているようです。
さて、いかがでしたでしょうか。
平泉成さんの、
- 年齢は?出身は?身長は?
- 本名は?芸名の由来は?改名の理由は?
- 改名をきっかけに引っ張りだこに
- 元号「平成」に強い愛着を持っていた
- 少年時代は貧しくも大自然で伸び伸びと育つ
- 中学生の時に俳優に憧れるように
- 高校卒業後はホテルに就職しベルボーイとして働いていた
- ホテルの同僚にスター・市川雷蔵を紹介してもらう
- 「大映京都第4期ニューフェイス」のオーディションに合格
- オーディションには市川雷蔵の推薦で合格できた?
- 京都では3畳一間の部屋で金欠生活だった
- 市川雷蔵に可愛がられていた
- 市川雷蔵からはしばしば新劇を見るための切符とお小遣いをもらっていた
- 市川雷蔵から直接演技指導を受けるも・・・
- 三隅研次監督との出会い
- 三隅研次監督からは端役にもかかわらず指導を受けていた
- 三隅研次監督からは等身大の大きな鏡をもらっていた
- 勝新太郎のオーラ(威圧感)が凄まじかった
- 勝新太郎は芝居のアイディアをたくさん持っていた
- 勝新太郎のオーラに圧倒されないよう離れていた
- 端役ばかりが続き仲間を妬む気持ちも湧き上がっていた
- 最下位の自分が出来ることを考えるように
- 下積時代の監督の言葉が現在も支えに
- 「大映」ではスターになれず
- 「大映」が倒産しフリーになるも・・・
- 脇役に徹すると決めるも・・・
- スターを諦めることには葛藤も
- 改名をきっかけにブレイク
- 出演作品(映画)
- 出演作品(テレビドラマ)
- 出演作品(CM)
- CM「メットライフ生命保険」の「母さん」を木村拓哉や福山雅治がモノマネ
- ケーナ作りは田中健との共演がきっかけ
- ケーナ作りへの情熱が凄い
- 田中健のために1000本以上もケーナを制作
- 田中健に怒っていた?
- 妻・里香には一目惚れしていた
- 愛妻家
- 息子(長男)は元俳優の平泉陽太
- 娘(長女)はテレビ朝日に勤務
について、まとめてみました。
デビューは宝くじに当たったようなもの。現実は描いた夢からはほど遠く、何度も迷い方向転換してきた。
今があるのは優秀だからじゃなく、ひとつの仕事に打ち込んだ結果です。長くやった分、プラスなだけだよ
と、語っていた平泉さんですが、
「大映」時代、市川雷蔵さんや勝新太郎さんなどの大スターにかわいがられ、結婚後も良い家族に恵まれたのは、平泉さんの人柄によるところが大きいことは想像に難くありません。
そんな平泉さんの活躍はまだまだ続きそうです!