1982年12月に、台湾女優のジョアン・リンさんと結婚している、ジャッキー・チェン(成龍)さんですが、結婚前には、”アジアの歌姫”と称された、歌手のテレサ・テンさんと交際していました。
今回は、そんなジャッキー・チェンさんとテレサ・テンさんの馴れ初め、交際に至った経緯、交際中、破局した理由についてご紹介します。
「ジャッキー・チェンの子供(息子)は?娘は隠し子(婚外子)で認知していない?」からの続き
ジャッキー・チェンとテレサ・テンの馴れ初めは?
ジャッキー・チェンさんは、1979年頃、歌手のテレサ・テンさんとアメリカ・ロサンゼルスで知り合い、交際をスタートさせたといいます。
実は、ジャッキー・チェンさんは、1978年、自らの明るいキャラクターを前面に打ち出した、映画「スネーキーモンキー蛇拳」をヒットさせ、スターとして注目されるようになっていたのですが、
同時に、様々な契約問題に巻き込まれて悩まされており、「ヤングマスター/師弟出馬」(映画会社ゴールデンハーベストとの契約)と「醒拳」(プロダクション「羅維影業有限公司別」との契約)を同時並行で撮影しなければならない状態に陥っていたほか、
ついには、契約問題がこじれ、暴力団に追われる身となり、身を隠すため渡米していたそうで、
(かねてより夢であったハリウッド進出を考えていたことから、「ヤングマスター/師弟出馬」の撮影が終了すると、単身でアメリカに渡ったという話や、映画「バトルクリーク・ブロー」の撮影のためロサンゼルスに滞在していたという話も)
一方、テレサ・テンさんも、歌手として活動していた中、1979年、台湾のパスポートではなく、インドネシアのパスポートで日本に入国をしようとして、旅券法違反に問われ1年間の国外退去処分を受けており、
このことが原因で、台湾や日本で活動できなくなり、アメリカに語学の習得と歌の練習のために留学していたそうで、
そんな慣れない環境の中、孤独な日々を過ごしていたジャッキー・チェンさんとテレサ・テンさんは、偶然にも自宅が通りを挟んで向かい合わせにあったほか、お互いの境遇が似ていることなどから、自然と恋愛感情が芽生えたそうで、
ジャッキー・チェンさんは、テレサ・テンさんとの交際について、
時機・場所・縁が重なってはじまったもの
と、語っています。
ジャッキー・チェンはテレサ・テンを傷つけることが多かった
そんなジャッキー・チェンさんとテレサ・テンさんは、一緒に食事をしたり、映画を見たりといった、恋人同士らしい日々を楽しんでいたそうですが、
ジャッキー・チェンさんは、かねてより夢だったハリウッド進出が、契約問題のトラブルが足かせで思うようにいかず、精神的な余裕を失っていたほか、
香港で成功を収めたことで傲慢(ごうまん)にもなっていたことから、テレサ・テンさんを傷つけることも多かったといいます。
ちなみに、テレサ・テンさんと親交があったという台湾の某スターによると、
ある時、ジャッキー・チェンさんとテレサ・テンさんがフレンチレストランで食事をした際、ジャッキー・チェンさんがメニューが読めず、テレサ・テンさんが注文したそうですが、
これを恥ずかしく思ったジャッキー・チェンさんはへそを曲げ、(一般的に2~3時間かけて食べる)料理をわざとガツガツと食べ、30分で完食したそうで、
二人は店を出た後も気まずい雰囲気で、さっさと二手に分かれてその場を立ち去ったこともあったといいます。
ジャッキー・チェンとテレサ・テンが破局した理由は?
それでも、ジャッキー・チェンさんとテレサ・テンさんは、香港に帰国後も、お互いのスケジュールを調整しながら交際を続けていたそうですが、
当時、ジャッキー・チェンさんが、香港で人気が落ち目となり、アメリカ進出も失敗に終わる中、テレサ・テンさんはというと、香港や中国で人気が爆発し、一段と輝きが増していったそうで、
ジャッキー・チェンさんは、テレサ・テンさんに対して嫉妬し、デートの待ち合わせ場所に、取り巻きのスタントマンを数人連れて行ったり、女友達を連れて行ったりするなど、(ジャッキー・チェンさんいわく)”子供みたいに雑に扱ってしまった”といいます。
そして、ある日のこと、ジャッキー・チェンさんが映画の脚本について仲間に相談していた時、テレサ・テンさんから「会いたい」と電話があったそうですが、
ジャッキー・チェンさんは、その仲間を連れて、待ち合わせの店に行き、テレサ・テンさんを待たせたまま相談を続けたそうで、
テレサ・テンさんは1時間ほどして帰ってしまうと、
その直後に、
あなたにとって私は必要じゃない。仲間と一緒にいればいい
と、別れを告げてきたそうで、
ジャッキー・チェンさんとテレサ・テンさんは破局となったのだそうです。
ジャッキー・チェンのテレサ・テンとの交際についてのコメント
ちなみに、破局後も、ジャッキー・チェンさんとテレサ・テンさんは友人として交流を続けていたそうですが、恋愛関係に戻ることはなかったそうで、
ジャッキー・チェンさんは、後に、交際当初から、テレサ・テンさんとは性格が合わないことに気づいていたほか、自身がロマンを理解できないことが破局を招いたことを認め、
テレサはとても高貴な女性で、にぎやかなのは好きじゃなかった
(テレサ・テンさんはジャッキー・チェンさんの仲間たちとは馬が合わず、仲間たちからは)アニキのお嫁さんはテレサじゃなく、(女優の)林鳳嬌(ジョアン・リン)がいい(と言われた)
僕はロマンや情緒を解さない人間で、街中でキスなんて考えられなかった。彼女は、僕の他人とは違うそういう面を好きになったと思うけど、結局はそれが原因で別れてしまった。愛情も、相手を大事に思うことも、全く理解していなかった
(テレサ・テンさんとの破局は)正しい決定だった
と、語っています。
(テレサ・テンさんは、1995年、42歳の若さで他界されているのですが、ジャッキー・チェンさんは、今でもテレサ・テンさんの死を悲しんでいるとのことでした)