1960年代から1970年代、東映のアクションスターとして活躍すると、近年は、妻の松岡きっこさんとバラエティ番組やトーク番組に出演し、お茶の間の人気を博している、谷隼人(たに はやと)さんですが、
実は、38~39歳頃に、トレーニング中に腰を痛め、知り合いの整復院(整骨院)に通うも、40代半ばの頃に、痛みがひどくなり、大学病院を受診すると、「椎間板ヘルニア」と診断されたといいます。
今回は、谷隼人さんが「椎間板ヘルニア」と診断されるまでの経緯、手術をせずに「PNF療法」を選択したこと、現在の状況についてご紹介します。

「【画像】谷隼人の若い頃から現在までの出演ドラマ映画バラエティは?」からの続き
谷隼人は38歳~39歳の頃トレーニング中に腰を痛めていた
谷隼人さんは、21歳の時からずっと同じスポーツジムに通って体を鍛えていたそうですが、38歳~39歳の頃、鉄アレイでトレーニング中、ふいに背後から名前を呼ばれて反射的に振り向いたところ、その瞬間、腰にチリっと痛みが走ったといいます。
ただ、その日は、それだけで、ほかに何の症状もなかったそうですが、何日か後、腰に張りや重さを感じるようになり、治る気配もなかったそうで、
かねてより親しくしていた新宿の整復院(整骨院)を訪れ、そこで、低周波の電気を当ててもらう治療を受けると、気持ちが良く、腰も軽くなり、良くなったように感じたそうで、
先生からも、
谷さん、腰はね、絶対手術しないほうがいい。痛くなったらウチへいらっしゃい。治してあげるから
と、言われたことから、その整復院に通うようになったそうです。
谷隼人は腰の痛みを繰り返すも整復院に通ってしのいでいた
ちなみに、この頃、谷隼人さんは、仕事で忙しい毎日の中、ジムで体を追い込みつつ、ゴルフやお酒を楽しむという生活を送っていたそうで、
腰の痛みは何度も感じたそうですが、その度に整復院に通って痛みを取ってもらう、ということを繰り返していたそうです。
谷隼人は40代半ばの頃に「椎間板ヘルニア」と診断されていた
しかし、数年が過ぎた40代半ばの頃、寒い時期になると、寒さで痛みが増して足がしびれ、寝返りも困難になり、腰を曲げてしか歩けなくなってしまったといいます。
それでも、周囲には気づかれまいと、痛い素振りは見せず、必死にごまかしていたそうですが、
今度は尿の出が悪くなってしまったことから、「これはまずい」と思い、大学病院を受診し、(人生初の)MRIを撮ってもらうと、腰痛の4番と5番がヘルニアだと診断されたそうで、
医師から、
これが神経を圧迫しているんですよ
と、説明されたのだそうです。
(医師も驚くほどのヘルニアの出っ張りが認められたそうです)
谷隼人は椎間板ヘルニアの治療として手術ではなく「PNF療法」を選択していた
また、医師からは、かなり状態が悪いことから手術を受けることを提案されたそうですが、谷隼人さんには、整復院の先生に言われた「手術はしないほうがいい」という言葉がずっと頭にあり、手術はしたくない旨を医師に伝えると、
医師は、
それなら、トレーニングで強化して克服する方法はどうですか?
と、提案してくれたそうで、
谷隼人さんが、やりたいと即答すると、日本で「PNF療法」の第一人者である、理学療法士の市川繁之先生を紹介されたのだそうです。
(※PNF(固有受容性神経筋促通法)とは、神経を刺激することで筋肉や筋の働きを高めて身体機能を向上させるリハビリ技術のことで、もともとは、神経障害の治療に用いられていたそうですが、現在では多くのトップアスリートが体のケアのために利用しているそうです)
谷隼人は「PNF療法」で3年後にはヘルニアを克服していた
こうして、谷隼人さんが、市川繁之先生を訪ねると、市川繁之先生には、「PNF療法」を踏まえて、ヘルニアが神経に触れないように、周辺を筋肉の鎧で固めることを提案されたそうで、
腹筋と背筋のバランスを整えるため、マンツーマンで30分、みっちり、先生に負荷をかけられながらの体幹トレーニングを開始したそうですが、
当初は、正直なところ、あまり効果を期待していなかったそうで、多少でも症状が和らぐなら、との気持ちだったといいます。
ただ、トレーニングを開始して3日目のこと、先生が他の病院でリハビリを指導する日だったことから、谷隼人さんもそこを訪ねると、そこでは、手足がなかなか動かない患者さんが懸命にリハビリに取り組んでいたそうで、
それを見て、谷隼人さんも、真剣にやろうと決意し、そこから、週に2~3回通うようになると、通い始めて半年ほど経った頃、ゴルフクラブがなんとか振れるようになり、さらに半年後(通い始めて1年後)には、ラウンドできるようになり、3年ですっかりヘルニアを克服することができたのだそうです。
谷隼人は現在も自主トレと通院ケアを継続中
以降、谷隼人さんは、先生のアドバイスに従い、毎日、自分でトレーニングに励んだそうで、通院の回数が徐々に減り、いつしか全く行かなくなったそうですが、
それから5年ほど経った2018年の8月中旬、再び、腰から右足にかけて激しく痛むようになり、歩行困難になってしまったそうで、藁(わら)にもすがる思いで、市川繁之先生に連絡を入れ、緊急で施術してもらうと、嘘のように回復したといいます。
(この時は「坐骨神経痛」と診断されたそうです)
そこで、谷隼人さんは、やはり、自主トレだけでは限界があり、先生がかけてくれる負荷が大事だと気がついたそうで、その後は、月に1回通院しているとのことですが、
現在は、どこにも痛みはないため、大学病院で勧められた手術をしなくて本当に良かったと思っているとのことで、
谷隼人さんは、
ずっと体は鍛えていたし、大抵の体調不良は自己回復力で治してきたので、何日も治らない腰痛にはほとほと参りました。
ある程度の年齢がくれば、いろいろな不調があるでしょうから、ビクビクすることはありませんが、だからといって過信もよくない。頑張りつつも不調をなめずに、ときには医療機関を頼ることも大事だと、ヘルニアを経験して思うようになりました。
と、語っています。
「谷隼人の前妻(最初の妻)岡美智子との馴れ初めは?離婚理由は?」に続く
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