山本浩二は9打席連続安打のセ・リーグ記録を樹立していた! 野球 広島入団1年目の1969年オフに、関根潤三ヘッドコーチと広岡達朗内野守備コーチが就任し、厳しく鍛えられると、2年目の1970年は、自身も試合以外は素振りに明け暮れる毎日を送り、シーズンオフには、米アリゾナ州の教育リーグに […] 続きを読む
山本浩二の広島入団2年目は野球漬けの日々を送っていた! 野球 プロ1年目の1969年は、120試合に出場して、打率2割4分、12本塁打、40打点で、規定打席にもギリギリ到達するも、大学とプロの違いを痛感し、このままではダメだと思ったという、山本浩二(やまもと こうじ)さんは、このオ […] 続きを読む
山本浩二の広島入団1年目の成績は?初本塁打は?デビュー戦は? 野球 1968年11月12日のドラフト会議で、広島カープから1位指名を受け、相思相愛で広島カープに入団した、山本浩二(やまもと こうじ)さん。今回は、そんな山本さんの入団1年目の成績ほか、デビュー戦、初ヒット、初本塁打などをご […] 続きを読む
山本浩二はドラフト1位で広島カープに入団していた! 野球 1968年、大学4年生の春のリーグ戦で、富田勝さん、田淵幸一さんと共に活躍し、「法政三羽烏」と呼ばれた、山本浩二(やまもと こうじ)さんは、同年11月12日のドラフト会議で、広島カープから1位指名を受け、相思相愛で広島カ […] 続きを読む
山本浩二は大学時代に法政三羽烏(田淵幸一・富田勝と共に)と呼ばれていた! 野球 大学2年生の春、松永怜一監督に投手から野手にコンバートされると、春の新人戦で活躍し、同年秋の東京六大学野球リーグ戦ではレギュラーとしてベンチ入りした、山本浩二(やまもと こうじ)さんは、4年生の時には、ついに5番に抜擢さ […] 続きを読む
山本浩二は法政大学2年の時に投手から外野手に転向していた! 野球 法政大学野球部では、1年生部員だけで70~80人いる中、なかなか抜きん出ることが出来ず、球拾いと先輩の打撃投手ばかりさせられていたという、山本浩二(やまもと こうじ)さんですが、2年生になると、松永怜一監督に投手から外野 […] 続きを読む
山本浩二が法政大学1年生の時は球拾いと打撃投手の毎日だった! 野球 高校3年生の時、夏の大会が始まる直前に、練習を観に来ていた南海ホークスの鶴岡一人監督に、「今の実力ならプロに行くより大学に行った方がいい」と言われてしまい、法政大学に進学した、山本浩二(やまもと こうじ)さんは、法政大学 […] 続きを読む
山本浩二は法政大学に受験していない英文科で合格していた! 野球 1964年、高校3年生のとき、南海ホークスの鶴岡一人監督が練習を観に来た際、緊張のあまり、全くいいところを見せられず、大学進学を勧められたという、山本浩二(やまもと こうじ)さんは、法政大学を受験し、無事、合格したそうで […] 続きを読む
山本浩二は廿日市高校時代は投手だった!ノーヒットノーランも! 野球 中学時代に三塁手から投手に転向させられたという、山本浩二(やまもと こうじ)さんは、廿日市(はつかいち)高校時代も、引き続き投手をしつつ、一塁手もしていたそうですが、高校3年生の夏の広島大会1回戦ではノーヒットノーランを […] 続きを読む
山本浩二は広陵高校から誘われるも公立高校を受験していた! 野球 教育熱心だった両親の猛反対を押し切り、中学では野球部に入部したという、山本浩二(やまもと こうじ)さんですが、中学卒業後の進路を考える時期、強豪・広陵高校から推薦入学の誘いを受けるも、公立の廿日市高校を受験したといいます […] 続きを読む