1960年代には、映画「若大将シリーズ」で、主演の加山雄三さんの恋人役を、明るく爽やかに演じ、たちまちブレイクされた、星由里子(ほし ゆりこ)さん。そんな星さんのプライベートを中心に調べてみました。

「星由里子の若い頃は加山雄三と?横浜流星の恋人役も?出演ドラマ映画は?」からの続き

Sponsored Link

実業家・横井邦彦と電撃結婚&離婚

星さんは、人気絶頂だった1969年、「乗っ取り王」で名を馳せた横井英樹さんの長男・横井邦彦さんと電撃結婚されるのですが、

邦彦さんとは性格が合わず、結婚からわずか80日でスピード離婚されています。


「ホテルニュージャパン」での盛大な披露宴で、巨大なウエディングケーキ(高さ7.8m)にナイフを入れる星さんと横井邦彦さん。

(ちなみに、横井邦彦さんは、事業の不振などが理由で、2008年、首を吊って自殺されています。)

脚本家・花登筐と不倫

その後、星さんは、関西の喜劇作家で脚本家の、花登筐(はなと こばこ)さんの同名小説が原作の舞台「細うで繁盛記」(脚本・演出も花登さん)に主演されているのですが、

これがきっかけで、花登さんと知り合うと、まもなくお二人は恋に落ち、お母さんと二人で暮らす星さんの自宅に、花登筐さんが入り浸り状態となります。


花登筐さん。

ただ、花登さんには奥さん(宝塚歌劇団出身の女優・由美あづささん)がおられ、ゴタゴタの末、1974年3月に離婚されるのですが、

花登さんは、奥さんと離婚する際、星さんとは結婚しないという約束をされていたため、お二人は、すぐに結婚というわけにはいかなかったのでした。

花登筐と結婚

そんな中、1975年4月19日、星さんに、「仲間会」(花登さんと仲のいい役者やテレビ関係者で構成された親睦会)のメンバーから、電話で、石川県片山津温泉でのゴルフコンペのお誘いがあり、星さんは、先約があったため、断ろうとしたのですが、

メンバーが1人欠席したのでなんとか来てほしい

と、かなり食い下がられたため、星さんが、

では、ハンディを50くださいな

と冗談で言ったところ、OKの返事だったため、星さんは急遽参加することになります。

ただ、星さんが現地に着いてみると、すでにみんなは出発した後で、星さんは仕方なく旅館の仲居さんと世間話をして時間をつぶされます。

そして、ようやく、メンバー達がコンペを終えて旅館に戻って風呂に入り、全員が風呂から上がると、大広間で表彰パーティーが開かれたのですが、

その途中で、突然、畳の上に赤い毛せんが敷かれ、奥に金屏風が設置されると、読売テレビのビデオ製作室長が立ち上がり、

これから花登先生と星由里子さんの結婚式を執り行います

と、あいさつ。

何も知らされていなかった、ゴルフウェア姿の星さんと、旅館のはっぴ姿の花登さんは、金屏風の前に座らせられると、メンバーたちから次々と祝福の声をかけられ、これが事実上、結婚式となったのでした。

(なかなか結婚しないお二人を見かねて、仲間たちが結婚式を仕組んでくれたそうで、星さんは、4月21日に行われた結婚記者会見でこの話を明かされています。)

花登筐が死去

しかし、8年後の1983年9月、花登さんは、

胸が痛い

と、訴えて入院されると、右肺に大量の水がたまっており、末期の「肺がん」との診断。

翌10月には、55歳の若さで、他界されたのでした。

(ご本人には、病名は知らされていなかったため、亡くなる2日前まで病床で仕事をされていたそうです)

Sponsored Link

会社役員と再々婚!子どもは?

その後、星さんは、1990年、会社役員の清水正裕さんと再々婚。

お二人は、知人の紹介で知り合われると、同い年で、お互い離婚経験者ということでも気が合い、交際に発展し結婚に至ったそうで、結婚後は、京都に移住。

京都では、ご主人と姑のはるゑさんと猫に囲まれて、穏やかな暮らしを送られたのでした。

(はるゑさんは、昔、女優の山田五十鈴さんの付き人をされていたことがあったそうです)

ちなみに、星さんは3度の結婚を通して、子どもさんはいらっしゃいません。

「星由里子の死因は喫煙?最期の言葉は?お別れの会の加山雄三が泣ける!」に続く


星さんと清水正裕さん。

Sponsored Link