「ビー・バップ・ハイスクール」で有名な、清水宏次朗(しみず こうじろう)さんですが、実は、高校在学中に、「竹の子族」として原宿で踊っていたところをスカウトされ、アイドル歌手デビューされていました。そんな清水さんの、デビューからブレイクに至るまでの経緯について調べてみました。
年齢は?出身は?身長は?本名は?
清水さんは、1964年11月10日生まれ、
東京都のご出身、
身長178センチ、
体重65キロ、
血液型はB型
ちなみに、「清水宏次朗」は本名で、旧芸名は「竹宏治」です。
アイドル歌手デビューするもパッとせず
清水さんは、高校在学中に、当時ブームだった「竹の子族」に参加し、原宿で踊っていたところ、スカウトされて、1981年7月、竹宏治(たけ こうじ)として、ファーストシングル「舞・舞・舞」でアイドル歌手デビュー。
「舞・舞・舞」
同年11月には、セカンドシングル「I Need You」、ファーストアルバム「THE FIRST」を、1984年にはベストアルバム「挑戦」をリリースされるのですが、パッとしませんでした。
「THE FIRST」
(「竹の子族」とは、独特の派手なファッションに身を包み、ディスコサウンドに合わせてダンスを踊る若者のグループのことで、1980年代前半、東京都・原宿の代々木公園横に設けられた歩行者天国でラジカセを囲み踊っていました。)
「ビリー・ジョエルは似合わない」で再デビュー
ただ、1983年、歌手活動のかたわら、「長谷川町子のいじわる看護婦3 目には目を!奮闘さくら海を行く!」でテレビドラマデビューし、
1984年には、本名の「清水宏次朗」で、新たにシングル「ビリー・ジョエルは似合わない」でデビューすると、「第13回東京音楽祭国内新人大会」でグランプリを受賞されたのでした。
「ビリー・ジョエルは似合わない」
(以降、1992年まで、20枚のシングルと11枚のアルバムをリリースされています。)
映画「ビー・バップ・ハイスクール」のヒロシ役でブレイク
そして、1985年、21歳の時、「週刊ヤングマガジン」(1983~2003)で連載された人気漫画「BE-BOP-HIGHSCHOOL」を原作とする、映画「ビー・バップ・ハイスクール」で、
当時、まだ学生で、デビュー前だった仲村トオルさんとヤンキー・コンビ「トオル&ヒロシ」を演じると、二人とも無名だったにもかかわらず、映画は大ヒットを記録。(シリーズは6作まで制作されています)
「ビー・バップ・ハイスクール」より。清水さん(左)と仲村トオルさん(右)。
清水さんは、仲村さんとともに瞬く間に人気を博し、一気にスターダムに駆け上ったのでした。
ちなみに、「ビー・バップ・ハイスクール」の大ヒットにより、絶頂期には、年商4億円は稼いでいたそうですが、当時、清水さんはお給料制だったため、50万円しかもらっていなかったとか。
また、作品では、清水さんがケンカに強い設定だったため、清水さんに勝てば日本一だと考えた不良たちに、日本全国津々浦々で狙われ、飲みに行くと不良たちからケンカを売られたことから、ボディーガードを10人もつけていた時期もあったそうです。
青春学園モノの教師役だと勘違いしていた
ところで、清水さんは、所属事務所を通じて「ビー・バップ・ハイスクール」の主演オーディションのオファーを受けたのですが、
清水さんは漫画を読む習慣がなかったため、原作漫画「BE-BOP-HIGHSCHOOL」も読んだことがなく、学園モノだと聞いて、かつての「ゆうひが丘の総理大臣」や「3年B組金八先生」などの青春学園モノだと勝手にイメージし、主演の教師役だとばかり思い、オーディションを受けられたそうで、
合格後に、改めてプロデューサーに、
僕、何役ですか?
と、尋ねたところ、
お前、漫画見てないのか!
と、漫画本の表紙を見せられ、
お前はコッチだ!
と、ヒロシ(加藤浩志)の方を指されて、初めて自身が演じる役が不良少年の役だということを知ったのだそうです。
仲村トオルとは不仲だった?
ちなみに、ダブル主演を務められた仲村さんとは、当時から不仲説がささやかれていましたが、
後に、清水さんは、
合わないですね
と、噂を認められており、
その理由については、
あいつ、ドジだから
と、明かされていました。
「清水宏次朗の現在は更年期障害!ビーバップ後はクラブ経営失敗も!」に続く