高畑勲さんの初演出作品「太陽の王子 ホルスの大冒険」で、メインスタッフに抜擢されると、以降、高畑さんと組み、「パンダコパンダ」「アルプスの少女ハイジ」「母をたずねて三千里」などの作品で、アニメーターとしての才能をいかんなく発揮された、宮崎駿(みやざき はやお)さんですが、次第に、そんな高畑さんに対しても、考えの相違が生じていきます。
「母をたずねて三千里」では高畑勲と見事なコンビぶりも・・・
「母をたずねて三千里」(第7話)では、アルゼンチンで働くお母さんからの連絡と仕送りが途絶えたことから、マルコ一家が経済的に困窮して、古いアパートに引っ越しせざるを得なくなり、
「今度の家は海がよく見える」と聞いていたにもかかわらず、実際、引っ越してくると、ひしめき合うほかのアパートにさえぎられて海はほんの少ししか見えず、少しでも海がよく見える場所を探そうと、マルコが屋根伝いに歩き始めるシーンがあるのですが、
「母をたずねて三千里」(第7話)より。海を眺めるマルコとフィオリーナ。
高畑さんが、この、海の見える場所を探すというマルコの行動に、海の向こうにお母さんがいるという思いから、やがてお母さんを探す旅に出る(希望を求めて歩き出す)、という暗示を込めたのに対し、
宮崎さんは、見事に、高低差を生かした絶妙なレイアウトを駆使して、マルコはただ歩いているだけにもかかわらず、お母さんを求める旅には危険が伴うことを予感させるなど、観客を終始ハラハラさせるアニメーションを作っておられ、
非常に高度な演出をする高畑さんと、それを卓越したレイアウトで支える宮崎さんのコンビは、息のピッタリ合った仕事ぶりで、次々と名作を生み出していったのですが・・・
高畑勲とは「母をたずねて三千里」の頃から既に考えの相違が生じていた
宮崎さんは、1979年のインタビューで、
僕は「(母をたずねて)三千里」でせっかくマルコとフィオリーナが走り寄ったのに抱き合わない、ああいうのは嫌なんです
「(母をたずねて)三千里」ではもう、パク(高畑)さんに全部お預けになっちゃってね。そうすると今度は、こっちの欲求不満が高じてくるんですね
僕は、自分が見たいものを作りたい。僕は、漫画映画は、何よりも心を解きほぐしてくれて、愉快になったり、すがすがしい気持ちにしてくれるものだって思っている
高畑さんも、
一緒に作った宮さんは、主人公が旅の先々でトラブルを解決し、一宿一飯の恩義を果たす股旅ものをやりたかったのだろうが、僕は惨めな話がよかった。靴が壊れ、生爪がはがれるといった、目を背けたくなるエピソードもあえて入れた
と、語っておられ、
宮崎さんが、現実社会の辛さや不快さを一切を忘れさせてくれるような、ファンタジーやロマンを描きたかったのに対し、
高畑さんは、辛い現実をナマナマしく描くことで、観客がそこから現実への教訓をつかみとってくれるような物語を描きたいという、はっきりした考えの違いが、二人の間に生じ始めていたというのです。
(そのため、高畑さんは、常に、宮崎さんに、「主人公だけの視点を持つな」とおっしゃっていたそうです)
「赤毛のアン」がアニメーターとして監督・高畑勲との最後の作品
こうして、テレビアニメ「母をたずねて三千里」の頃から、演出家としての高畑勲さんに対し、考え方の違いで欲求不満を感じるようになっていた宮崎さんは、
1978年、NHKアニメ「未来少年コナン」で監督デビューすると、翌年の1979年には、再び高畑さんと組んで、テレビアニメ「赤毛のアン」を制作されているのですが、
その制作途中に、メインスタッフを降りて、映画「ルパン三世 カリオストロの城」の監督を務められると、この「赤毛のアン」が高畑さんと組んだ最後の作品となっており、
以降、お二人は、「監督(演出家)とアニメーター」として、具体的な作品づくりで深く関わり合うことはなかったのでした。(「監督とプロデューサー」という関係で支え合ったことはあったそうです)
「赤毛のアン」より。
宮崎駿と高畑勲はあうんの呼吸だった
ただ、宮崎さんは、2013年、引退宣言(後に撤回)をされた際、
監督になってよかったと思ったことは一度もありませんが……、アニメーターという職業は自分に合っているいい職業だと思っています
自分がそれなりの力をもって彼(高畑)と一緒にできたのは「アルプスの少女ハイジ」が最初だったと思うんですけど、そのときに打ち合わせが全く必要のない人間になっていたんです、相互に。
こういうものをやるって出てきたときに、何を考えているか分かるって人間にまでなっちゃったんです
と、語っており、
「監督(演出家)とアニメーター」として、高畑さんとは、あうんの呼吸だったことを認められています。
「宮崎駿は高畑勲に「風の谷のナウシカ」を酷評されていた!」に続く
https://www.youtube.com/watch?v=j1sMyQX6E3s