小劇場ブームの立役者で、その圧倒的な演技力と気さくなキャラで人気を博し、誰もが認める演技派俳優である、佐藤B作(さとう びーさく)さん。

そんな佐藤B作さんのプライベートですが、なんと、結婚を6回、離婚を4回、死別を1回しているといいます。

今回は、佐藤B作さんの6回の結婚歴と、現在の妻・あめくみちこさんとの関係、子供についてご紹介します。

佐藤B作

「佐藤B作の病気は胃ガンに食道ガン!抗ガン薬は1回でやめていた!」からの続き

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佐藤B作さんの前妻(最初の妻)は?

まず、佐藤B作さんの最初の奥さんは一般女性だったそうですが、

佐藤B作さんは、それ以外、最初の奥さんについては明かしていないため、いつ頃結婚し、離婚したのかは不明です。

佐藤B作の前妻(2人目~4人目の妻)は?

また、佐藤B作さんは、その後も、結婚と離婚を繰り返していたようですが、

2人目から4人目の前妻についてもほとんど情報がないことから、芸能関係者ではなく一般人だと思われます。

佐藤B作は5人目の妻とは死別していた

そんな佐藤B作も、4人目の妻と離婚後は、1973年に、目白サトウクリニックの院長で精神科医の幸子さんと再婚すると、当時、まだ売れていなかった中、幸子さんに生活を支えてもらい、その後、長年、離婚せずにいたそうですが、

(幸子さんは、1995年頃、肺ガンになり、国立国際医療センターに入院していたそうですが、術後の経過は良く、順調に回復すると、その後、無事、仕事復帰したそうです)

佐藤B作

1998年11月2日、沖縄座間味島でダイビング中の事故により他界されたそうで、

この頃、佐藤B作さんは、幸子さんと別居しており、突然、マネージャーから、幸子さんの死を知らされたそうで、

最初なに言ってんだか全然わからなくて

と、混乱に陥ったことを明かしています。

ちなみに、幸子さんは、亡くなる直前、「私と生きた犬たち」という著書を出版しようと、ワープロで打ち終えていたそうで、佐藤B作さんは、幸子さんが他界後、息子さんと共に自費出版したそうです。

「私と行きた犬たち」
佐藤B作さんの前妻・幸子さんの著書「私と生きた犬たち」

(「私と生きた犬たち」は、”人によって傷つき、犬によって癒さる”、生き物同士の共生を深く考えさせられる内容になっているそうです)

佐藤B作の現在の妻・あめくみちことの馴れ初めは?

さておき、実は、佐藤B作さんは、幸子さんが亡くなる数年前から、自ら作った劇団の掟である”恋愛禁止”のルールを破って、自身が主宰する「東京ヴォードヴィルショー」の劇団員で14歳年下の、あめくみちこさんと関係があったそうで、

(細木数子さんの番組「スバリ言うわよ!」に夫婦で出演した際、自ら明かしています)

幸子さんが他界後の2001年にあめくみちこさんと再婚しています。

佐藤B作とあめくみちこ
佐藤B作さんと妻・あめくみちこさん。

ちなみに、あめくみちこさんは、1983年に「東京ヴォードヴィルショー」に入団し、当初は、本名の「天久美智子」名義で活動していたのですが、

当時のバラエティ番組「オレたちひょうきん族」にも薬師丸ひろ子さんのそっくりさんとして出演していました。

あめくみちこ薬師丸ひろ子
上があめくみちこさん、下が薬師丸ひろ子さん。

佐藤B作と現在の妻・あめくみちこの夫婦仲は?

そんな佐藤B作さんとあめくみちこさんですが、お互い俳優のため、昔はよくぶつかったそうで、

あめくみちこさんは、

同じ芝居をやってると、本当に24時間一緒なんですよね。家でも一緒、稽古場でも一緒、終わって飲みに行っても一緒。

と、語っており、

ずっと、一緒なので、セリフを覚えるときも、声を出して覚えるのでうるさく、

佐藤B作さんが、

俺も覚えてんだよ!

と言い、ケンカが始まるのだとか。

(上の階の人から注意されたこともあったそうです)

そんな中、佐藤B作さんは、昔は、二言目には「出て行け!」と言ったそうで、あめくみちこさんも「わかりました!」と言って、パッと荷物をまとめて出て行ったそうですが、

(佐藤B作さんは、ケンカではあめくみちこさんに敵わず、「出て行け」としか言えなかったのだそうです)

ホテルで1泊すると、たいてい、次の朝に、佐藤B作さんの方から「悪かった」と電話で謝られたのだそうです。

ただ、あめくみちこさんも、さすがに最近は、ケンカをしてもバカバカしくて出て行かないそうです(笑)

佐藤B作は現在の妻・あめくみちこに対する感謝の気持ちを語っていた

それでも、佐藤B作さんは、様々なインタビューで、

妻には本当に支えられました。仕事をしながらも24時間体制で看病してくれましたし、食事も工夫して作ってくれました。

さらに、リハビリにも付き合ってくれて、自分一人だけでは絶対に乗り越えられなかったと思います。支えてくれる家族がいることは大きな励みになりました。本当に感謝しています。

「また生きていく」ために、妻の力は有難かった。女優業で忙しい中、3食の料理を作ってくれた。そして、横に並んでのウォーキング。

妻が体を支えてくれて、歩くのを手伝ってくれました。横断歩道の信号が青になって渡ろうとするのに、渡り終わる前に点滅するのにビックリしました。こんなにゆっくりしか歩けないんだって

と、語っており、

精神面でも生活面でも、妻のあめくみちこさんの存在がとても大きいことを明かしています。

佐藤B作は若い頃(20代前半)はモテモテだった

ちなみに、6回もの結婚歴がある佐藤B作さんですが、佐藤B作さんのモテ男ぶりは有名だったそうで、

週刊誌「女性自身」の対談では、女優をとっかえひっかえし、三角関係もあったことを、俳優の柄本明さんに暴露されるほか、

佐藤B作さん自身も、

稽古が終わると、安い飲み屋で有り金全部飲んで、あとは金持ちの女を見つけてはたかって飲むという(笑)。大事なのは笑いを取ること。笑いを取るといちばん綺麗な女をゲットできたんだ。口説くためなら何でもしたさ。

と、語っています。

これは、若い時(20代前半)のエピソードですが、実際、6回も結婚しており、佐藤B作さんが、どれほど、才能に溢れ、ユーモアがあり、魅力的だったかが伺えますね。

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佐藤B作の子供(息子)は佐藤銀平

ところで、佐藤B作さんには、前妻・幸子さんとの間に、男の子が1人誕生しており、1977年10月19日に誕生した、俳優の佐藤銀平(さとう ぎんぺい)さんです。

佐藤銀平さんは、学習院大学を中退後、2000年から2015年まで「演劇集団円」に所属し、声優や俳優として活動すると、

その後も、主に、舞台、テレビドラマなどで活動し、2023年には、「銀プロ」(銀平プロデュース)を旗揚げし、第一回公演「次こそは男」を上演しています。

ちなみに、佐藤B作さんは、2025年2月に上演された「銀プロ」の第二回公演「地上最後の冗談」に出演して、佐藤銀平さんと親子共演を果たしているほか、

インタビューで、

(佐藤銀平さんに)役者になりたいといわれて正直うれしかった

と、語っており、親子仲は良好のようです。

佐藤銀平と佐藤B作
佐藤銀平さん(左)と佐藤B作さん(右)。

(佐藤B作さんとあめくみちこさんの間に子供はいません)

さて、いかがでしたでしょうか。

佐藤B作さんの、

  • 佐藤B作の生い立ちは?商社マン目指し早稲田大進学も演劇にハマっていた!
    • 佐藤B作のプロフィール
    • 佐藤B作の本名は?芸名の由来は?
    • 佐藤B作の小学校時代は真面目で勉強もできる優等生だった
    • 佐藤B作は小学4年生の時に演劇部に入部するも当初は芝居がうまくできず顧問によく怒られていた
    • 佐藤B作は中学1年生の時に全校の弁論大会で優勝していた
    • 佐藤B作は高校時代に猛勉強し早稲田大学を現役で合格していた
    • 佐藤B作は早稲田大学入学後2ヶ月で勉強が全部嫌になりジャズ喫茶に入り浸るようになっていた
    • 佐藤B作は大学1年生の時にテレビドラマ「若者たち」を観て感動し演劇サークル「劇団木霊」に入部していた
    • 佐藤B作は大学1年生の時「泰山木の木の下で」の出前持ちの役で先輩に褒められていた
    • 佐藤B作は大学1年生の時に俳優になる決意をしていた
  • 佐藤B作の若い頃は東京ヴォードヴィルショーや欽ちゃん番組も!現在は?
    • 佐藤B作は大学3年で早稲田大学を中退していた
    • 佐藤B作は21歳頃、佐藤博に頼み込み「自由劇場」に入れてもらっていた
    • 佐藤B作は21~22歳頃、「自由劇場」の卒業公演で主演を務めていた
    • 佐藤B作は24歳の時に「劇団東京ヴォードヴィルショー」を設立していた
    • 佐藤B作は33歳の時に「欽ちゃんの週刊欽曜日」に出演し全国的な人気を博していた
    • 佐藤B作は58歳の時に胃ガンで胃の3分2を摘出する大手術を受けていた
    • 佐藤B作は60歳の時に2度目のガンと診断されていた
    • 佐藤B作の現在は?
  • 佐藤B作は「欽ちゃんの週刊欽曜日」で萩本欽一から影響を受けていた!
    • 佐藤B作は萩本欽一に初対面で気に入られ「欽ちゃんの週刊欽曜日」への出演が決定していた
    • 佐藤B作は「欽ちゃんの週刊欽曜日」への出演で全国的にブレイクするも舞台との違いに戸惑っていた
    • 佐藤B作は「欽ちゃんの週刊欽曜日」では収録直後の控室での長い反省会に戸惑っていた
    • 佐藤B作は萩本欽一に畏怖の念を抱くようになっていた
    • 佐藤B作は萩本欽一の”運”の話に影響を受けていた
  • 佐藤B作の病気は胃ガンに食道ガン!抗ガン薬は1回でやめていた!
    • 佐藤B作は58歳の時に人間ドックの健康診断で胃ガンと診断されていた
    • 佐藤B作は胃ガンの自覚症状が全くなかった
    • 佐藤B作は医師に即手術を勧められるも公演のため1ヶ月後にしてもらっていた
    • 佐藤B作は手術で胃の3分の2を切除していた
    • 佐藤B作は退院後はリハビリに励むもなかなか体力が回復しなかった
    • 佐藤B作は8月の公演「戸惑いの日曜日~アパッチ砦の攻防より~」を降板し演出に回っていた
    • 佐藤B作は胃ガン手術から1年足らずの定期検診で食道ガンが見つかっていた
    • 佐藤B作は食道ガンの再発・転移予防のため放射線と抗ガン薬治療を受けるも抗ガン薬治療は副作用が激しく1回でやめていた
    • 佐藤B作は肉芽ができるも良性だった
    • 佐藤B作は胃ガンが完治していた
  • 佐藤B作の現在(6人目)の妻はあめくみちこ!5人の前妻は?子供(息子)は佐藤銀平!
    • 佐藤B作さんの前妻(最初の妻)は?
    • 佐藤B作の前妻(2人目~4人目の妻)は?
    • 佐藤B作は5人目の妻とは死別していた
    • 佐藤B作の現在の妻・あめくみちことの馴れ初めは?
    • 佐藤B作と現在の妻・あめくみちこの夫婦仲は?
    • 佐藤B作は現在の妻・あめくみちこに対する感謝の気持ちを語っていた
    • 佐藤B作は若い頃(20代前半)はモテモテだった
    • 佐藤B作の子供(息子)は佐藤銀平

について、ご紹介しました。

小学生の時に学芸会で近所の人たちに褒められたことが忘れられず、早稲田大学1年生で演劇サークルに入ると、大学3年生で早稲田大学を中退して「自由劇場」に入団し、24歳で「劇団東京ヴォードヴィルショー」を設立して以降、ずっと演劇を続けてきた佐藤B作さんですが、

2026年5月にはついに「劇団ヴォードヴィルショー」を解散。

劇団の解散理由が明かされていないことが気になりますが、俳優としては、まだまだ続けてほしいものです。

お読みいただきありがとうございました

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