気の進まないままオーディションを受け、あれよあれよと「仮面ライダー」の主役に選ばれたという、村上弘明(むらかみ ひろあき)さんですが、撮影が進むにつれ、様々なことを学び、2年目へも意欲を持ち始めていたそうですが、事務所からは、色がつくからとNGを出され、以来、20年間、「仮面ライダー」関連の仕事は一切させてもらえなかったのだそうです。

「村上弘明は「仮面ライダー」で俳優デビューしたことを両親に内緒にしていた!」からの続き

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バイクの免許を持っていなかったためグラウンドでバイクの練習をしていた

「仮面ライダー」といえば、まずは、バイクで颯爽(さっそう)と走る姿が目に浮かびますが、村上さんはバイクの免許を持っていなかったことから、カメラマンからは、「バイクで走っている姿も撮りたいから練習して欲しい」と言われたそうで、

埼玉県東松山市にある誰も人がいない広いグラウンドのような場所で、ロケの合間に練習を繰り返し、その甲斐あって、アクセルターンができるようになったそうです。

(アクセルターンとは、片足を軸にしてバイク本体を斜めに寝かせながらグイッと回転させるテクニック)

また、村上さんは、それに加え、ジャンプ台を使ってバイクでジャンプするという技にも挑戦したそうですが、さすがに、その練習を東映のスタッフに見られると、ケガでもしたら番組がストップになってしまうと、止められたそうで、

村上さんは、

僕も若かったから色々なことに挑戦したい気持ちはあったけど、番組の危機について言われたら仕方ないなと思いました。

と、語っています。

演技が未熟過ぎて出演シーンが短かった

そんな村上さんですが、撮影現場では、スタッフたちが村上さんの未熟な演技にガッカリしているのを感じていたそうで、

1980年の映画「仮面ライダー 8人ライダー vs 銀河王」では、筑波洋(村上さん)の出演シーンは冒頭15分ほどのみで、その後、変身すると、ラストまでずっとスカイライダーの姿のままで終わっており、

村上さんは、

ひとえに僕の演技力の未熟さ故だったんだと思います。初期の段階で僕が素人で芝居ができないということが、筑波洋の出番が少なくなったんだと思います。

僕の方から進言すれば良かったのかも知れないけど、当時の僕はそういうことを言える立場ではなかったですし。

せっかく平山(公夫)監督と話し合いながら、現場が楽しくなってきた頃だったので、もっと素顔で出たいなぁという思いはありました。

と、語っています。

(年配の監督が多かった「仮面ライダー」の現場において、平山さんは村上さんと年が近く、兄貴分のような存在だったそうで、村上さんの感じたことや意見を聞いてくれ、また、よく意見も採用してくれたことから、より創意工夫の気持ちが生まれ、のびのびと演じることができたそうです)

ただ、カメラマン助手だった松村文雄さんからは、後にチーフカメラマンで一本立ちした際、

芝居はともかく、走りは迫力がある

と、言ってもらったそうで、

村上さんは、この言葉が自信に繋がり、役者の武器がひとつできたと感じ、今でも胸に残っているのだそうです。

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「仮面ライダー」撮影終了後は20年に渡り出演させてもらえなかった

こうして、村上さんは、オーディションを受ける時には気乗りしなかったという「仮面ライダー」を1年間撮影するうち、いろいろと学び、楽しくなってきたそうで、周囲から、2年目もやってほしいと言われ、その気になっていたそうですが・・・

事務所からは、色がつくからという理由でNGを出されてしまい、以来、20年間、「仮面ライダー」関連の仕事は一切させてもらえなかったのだそうです。

ただ、村上さんとしては、2017年に、故郷の岩手県の魅力を発信するPR動画の一つで、筑波洋の変身ポーズを再演するなど、やはり、「仮面ライダー」には、思い入れがあるようで、

その番組のディレクターが、(スカイライダーを)放送当時に観ていましたということもあって、あのPR映像の撮影の時は現場に怪人がいたので(岩手のローカルヒーロー『鉄神ガンライザー』のキャラクター)、怪人を相手に変身したんですけど、周りのスタッフも喜んでいました。

僕も喜んでもらえるなら良いなと思っています。映画の『ジュリエット・ゲーム』(1989年)でも、「変身!とうっ」と、やっていますしね。

NHKの時代劇『腕におぼえあり』(1992年)の打ち上げでも、スタッフから「村上さん、仮面ライダー観てました。でも、変身ポーズ……無理ですよね?」と言われてやったので、その場のスタッフや共演者は見ているんですが、電波には乗っていない。単に公共の電波に乗っていないだけで、変身ポーズは割とやっているんですよ。

周りが僕に変身ポーズをやってほしいんだけど、それはちょっと言いづらい、という空気を感じた時にはやっています。僕自身は仮面ライダーの芸歴に関して嫌だとか、そういうのは全然ないのですが。やっぱり俳優の入り口になった作品ですからね。

と、語っています。

「村上弘明は昔「必殺仕事人」の「花屋(鍛冶屋)の政」で大ブレイクしていた!」に続く

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