戦争が終わり、ようやく男女共学が始まったばかりで、中学生同士の恋愛が禁止されていた中、中学、高校と、密かに愛を育んでいたという、ムツゴロウこと畑正憲(はた まさのり)さんと妻・純子さんですが、ムツゴロウさんが23歳の時、学生結婚したといいます。
「ムツゴロウ(畑正憲)の妻との高校時代のデートが切ない!」からの続き
妻の結核が奇跡的に治癒
純子さんが、当時、不治の病と言われていた結核にかかり、サナトリウム(療養所)に入院する中、絶対に治ると信じて、純子さんを待ち続けたというムツゴロウさんですが、その思いが通じたのか、2年半後には、純子さんは奇跡的に治癒。
その後、純子さんがムツゴロウさんと過ごすために上京してくると、この時、池袋に、2人で住むための三畳一間の部屋を借り、初めて男女の関係になったそうで、
ムツゴロウさんは、その時のことを、「NEWポストセブン」のインタビューで、
2年半後、彼女は病気が治り、1か月間、僕と過ごすために上京してくることになりました。僕は2人で住むための小さな三畳一間のアパートを池袋に用意しました。初体験はその最初の晩のことです。
僕はそれを予定していましたし、彼女もそれはわかっていて、受け入れるつもりでした。だから、自然に小さな布団に2人で入り、キスをし、抱き合い、そして繋がりました。
行為自体はあっけなく終わりましたが、いよいよ、これから一緒に生きていくんだなという感慨は強くありましたね。
今回、その時の彼女、つまり僕の女房ですが、彼女にこういうインタビューを受けるよって伝えたら、「恥ずかしい」といってましたが(笑)、僕らはそんな風に、不思議な童話のような世界を生きてきたんです。
と、語っています。
(ちなみに、ムツゴロウさんは、別のインタビューでは、結婚後、ムツゴロウさんの実家で両家の会食をした後、純子さんと東京で暮らすために東京行きの電車に乗るも、東京へ向かう前に初夜を迎えたいと思い、山口で途中下車し、湯田温泉へタクシーで向かって、そこの旅館で初夜を迎え、その後、改めて東京に向かったと、語っています)
妻とは学生結婚で新婚時代は貧乏だった
その後、順調に純子さんと愛を育んだムツゴロウさんは、まだ、将来の見通しが立っていないにもかかわらず、学生の時(23歳)に結婚に踏み切ったそうで、家庭教師と塾のバイトのかけもちをして生計を立てていたそうですが、
暮らしはとても貧しく、新居となった池袋の三畳一間の部屋は、家賃が3000円(現在の貨幣価値で約1万7千円)の、布団を敷くだけで精一杯の狭くてボロいアパートだったそうで、鏡台もちゃぶ台もなく、みかんの段ボール箱をそれらの代わりにしていたそうですが、純子さんによると、2人で一緒に生活できるだけで幸せだったそうです。
(純子さんも働こうとしたそうですが、結核が再発することを恐れてムツゴロウさんが止めたそうです)
学生で結婚に踏み切った理由とは?
ちなみに、学生で結婚に踏み切った理由ですが、ムツゴロウさんは、
それはね、満洲時代からの経験が大きいと思う。何ひとつ後ろ盾がなくても、どさくさ紛れに生きることはできるという自信があったので。東京に来て1人で食っていて、それが2人分になっても大して変わらないだろうっていう考えですよね。
家計簿的な計算も将来への組み立ても、一切なかったです。本当に行き当たりばったり。だから子どもがある程度まで大きくなるまでは、すごく貧乏だったしね。
それと、もうひとつあったのは女房の体調の問題。ちょうど僕が大学に入ったころに胸を悪くして、2年半ほどサナトリウムに入っていたんですね。そういうことがあると、相手を愛おしいという気持ちが強くなるものですよ。
と、語っています。
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