長嶋茂雄はプロデビュー戦で金田正一に4連続三振を喫していた!


立教大学卒業後、巨人(読売ジャイアンツ)に入団した、長嶋茂雄(ながしま しげお)さんは、入団した年の1958年、国鉄スワローズ戦で、エースの金田正一さんに4打席4三振を喫しているのですが、以降、金田さんの球を打ち砕くことしか考えられなくなっていたといいます。

「長嶋茂雄は南海ホークスに入団するはずだった?」からの続き

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国鉄スワローズのエース・金田正一に4打席4三振を喫していた

1958年に読売ジャイアンツに入団した長嶋さんは、ルーキーでありながら、いきなり、阪急ブレーブスとのオープン戦で7本の本塁打を放つなど、新人としては異例の成績を残したそうで、

4月5日、開幕戦の国鉄スワローズ戦にも3番サードで先発出場するのですが・・・

国鉄スワローズのエース・金田正一さんには4打席4三振を喫してしまいます。

(しかも、そのすべてが渾身のフルスイングによる三振だったことが伝説となっています)

金田正一の球を打ち砕くことばかり考えていた

それでも、長嶋さんは、翌日4月6日、国鉄スワローズとの2回戦では、三林清二投手からプロ入初となるセンターオーバーの二塁打を放つほか、4月10日の大洋ホエールズ戦では権藤正利投手から初本塁打を放っているのですが、

金田さんに三振を喫した悔しさや恥ずかしさが忘れられなかったそうで、金田さんが、投げる時、ひらひらとマウンドの上で揺らしていた(左手首を振っていた)白い手のことばかり考えていたそうです。

というのも、金田さんは、ほかのピッチャーとは別格で、セ・パ両リーグ関係なく、プロ野球そのもののエースだったそうで、プロとして通用するためには、この金田さんが投げる日本一速いボールをみじんに打ち砕かなければならないと考えていたからだそうですが、

長嶋さんが、金田さんの球を、どうにか打ちこなせるようになったのは、3年目になってからだったそうです。

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金田正一との対戦成績

ちなみに、長嶋さんと金田さんの対戦成績は、

  • 1958年(プロ入り最初のシーズン)
    28打数5安打1本塁打4打点
    打率1割7分9厘
    (11個の三振を取られワンサイドに押さえ込まれたそうです)
  • 1959年(2年目)
    27打数9安打3本塁打5打点
    打率3割3分3厘
  • 1960年(3年目)
    27打数9安打3本塁打5打点
    打率3割9分4厘
    (3年目は、ついに1個の三振も取られなかったそうです)
  • 1961年(4年目)
    31打数11安打6本塁打8打点
    打率3割5分5厘
  • 1962年(5年目)
    36打数9安打4本塁打5打点
    打率2割5分0厘
  • 1963年(6年目)
    28打数7安打3本塁打5打点
    打率2割5分0厘
  • 1964年(7年目)
    28打数12安打0本塁打3打点
    打率4割2分9厘

で、7年間の通算成績は、211打数66安打18本塁打35打点、打率3割1分3厘、三振31個だったそうで、

長嶋さんは、著書「燃えた、打った、走った!」で、金田さんについて、

長い戦いだった。はたしてどっちが勝ったのか負けたのか、そんなのは第三者が決めることだろう。

カネさんは、ぼくにプロフェッショナルのすごさを教え、その不屈のこころを教えてくれた。ぼくにとって最悪のデビュー戦は、また最良のスタートともなった。

と、綴っています。


燃えた、打った、走った!

「長嶋茂雄が若い頃は本塁打を放つも一塁ベースを踏み忘れたことがあった!」に続く


長嶋さんと金田正一さん(金田さんは1964年に巨人に移籍しています)。

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