市川團十郎(13代目)が海老蔵時代に小林麻耶から暴露された内容とは?


2017年6月22日、妻・麻央さんが他界されると、同日、会見を開き、その死を報告するほか、記者からの質問に涙ながらに答えていた、十三代目市川團十郎白猿(じゅうさんだいめ いちかわ だんじゅうろう はくえん)さんですが、2022年3月21日、亡き妻・麻央さんの姉・小林麻耶さんに、麻央さんの闘病中の悪態を暴露されています。

「市川團十郎(13代目)は妻・麻央に死去する直前に「愛している」と言われていた?」からの続き

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亡き妻・麻央の姉・小林麻耶に悪態を暴露されていた

團十郎(当時は十一代目市川海老蔵)さんの亡き妻・麻央さんの姉・小林麻耶さんは、2022年3月21日、(当時)元夫・國光吟さんのYouTubeチャンネル「吟 Akira」に出演すると、

  • 麻央さんが命の瀬戸際で病床で苦しんでいる時、見舞いに来たはずの團十郎(当時は十一代目市川海老蔵)さんは、病室で(麻耶さん、お父さん、お母さんの前で)競馬新聞を開いて、読み、楽しんでいた。
  • 團十郎(当時は十一代目市川海老蔵)さんは、DVDを麻央さんの病室に持ち込んで笑いながら観ていた
  • 麻央さんが入院当初、團十郎(当時は十一代目市川海老蔵)さんは病室に5秒いるのが精一杯で、「え、何すればいいの。いられないんだけど。帰るわ」と言っていた
  • 麻央さんが亡くなった日、團十郎(当時は十一代目市川海老蔵)さんは、麻央さんのお父さんに向かって、「こんなに高いマンション、借りたばっかりなのに」と、金銭面を心配して憤慨していた
  • 麻耶さんが、麻央さんの死後も子どもたちの面倒を見るために團十郎(当時は十一代目市川海老蔵)さんの自宅に泊まり込んでいた際、ベッドで仮眠をとっていたところ、覆いかぶさられ、「愛してると言って」とささやきながら襲いかかられそうになった
  • 麻央さんから「苦しいよ、苦しいよ、死にたいよ。離婚したいよ」と相談を受けていた

などと、團十郎(当時は十一代目市川海老蔵)さんの悪態を暴露しています。

(小林麻耶さんは、國光吟さんとは、2018年7月に結婚するも、2021年3月には離婚しており、この当時は元夫なのですが、その後、2022年6月に再婚し、再び夫となっています)

亡き妻・麻央が闘病中も他界後も、義姉・麻耶に子どもたちの送迎を任せきりだった?

また、小林麻耶さんは、麻央さんが闘病中も他界後も、姪と甥(團十郎(当時は十一代目市川海老蔵)さんと麻央さんの子どもたち)の幼稚園への送迎をしていたそうですが、

麻耶さんは、このことについて、

甥と姪をものすごく愛しているので全然何とも思ってないんですけど、なんで海老蔵さん、送り迎えしないのかなと思っていました

その時間、何をしていたのか

と、疑問を呈し、

そのうえで、團十郎(当時は十一代目市川海老蔵)さんを子煩悩(ぼんのう)だと信じている熱狂的なファンに向けて、

あなた方が海老蔵さんに洗脳されているのではないですか?

と、畳み掛かけています。

(麻耶さんは、これらの動画を、同じ3月21日に、前編(14分)と後編(7分)に分けて公開しています)

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某女性誌カメラマンにも妻・麻央の闘病中ほとんど病室にいなかったことを暴露されていた

ちなみに、麻央さんの極秘入院が公になった2016年の夏、週刊誌の記者たちは、團十郎(当時は十一代目市川海老蔵)さんの一挙手一投足を見逃すまいと、團十郎さんの自宅前に張り付いていたのですが、

そのうちの一人の女性誌カメラマンは、当時の團十郎(当時は十一代目市川海老蔵)さんの様子を、

海老蔵さんが自宅でじっとしていることはほとんどありませんでしたね。タニマチやごひいき筋との仕事上の約束もあったのでしょうが、夜になると必ずと言っていいほど外出していました

麻央さんが病院で孤独と闘いながら大変な思いをしているのに、夜な夜な出歩く海老蔵の姿に、思わず他誌の記者に『あの人、大丈夫なのかな?』と漏らしたことがあります

と、明かしており、

麻耶さんの証言とはやや異なるものの、團十郎(当時は十一代目市川海老蔵)さんが、ほとんど、麻央さんの病室にいなかったことを証言しています。

(また、團十郎(当時は十一代目市川海老蔵)さんは、2016年暮れには、京都・祇園の舞妓さんとの密会が報じられています)

「市川團十郎(13代目)が小林麻耶から暴露攻撃されたのは國光吟が原因だった?」に続く

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