1982年、「ヒロシ&キーボー」として、ファーストシングル「3年目の浮気」でデビューすると、たちまち130万枚を売り上げる大ヒットを記録し、一躍有名になった、「キーボー」こと、山田喜代子(やまだ きよこ)さん。
今回は、そんな山田喜代子さんの若い頃から現在までの活躍や経歴を、生い立ちを交えて時系列でまとめてみました。
山田喜代子(キーボー)のプロフィール
山田喜代子さんは、1957年1月18日生まれ、
静岡県浜松市の出身、
ちなみに、山田喜代子は本名です。
山田喜代子(キーボー)は19歳の時に歌手を目指し上京していた
山田喜代子さんは、幼い頃から、自分のしゃがれた声が嫌だったこともあり、音楽とは無縁の人生を送っていたそうですが、
浜松の飲み屋でカラオケを歌っていたところ、音楽関係者の目に留まり、「面白い声だね」とスカウトされて、1976年(19歳)頃、歌手を目指し、上京したそうです。
山田喜代子(キーボー)は25歳の時にデビュー曲「3年目の浮気」が大ヒットしていた
そんな山田喜代子さんは、上京後は、最初はアルバイト、後にOLをしながらボイストレーニングに励んだそうで、25歳の時には、オーディションで選ばれ、黒沢博さんと男女デュオ「ヒロシ&キーボー」を組み、「3年目の浮気」で歌手デビューすると、たちまち、130万枚を売り上げる大ヒットを記録したのでした。
「ヒロシ&キーボー」(ヒロシこと黒沢博さんとキーボーこと山田喜代子さん)。
ちなみに、山田喜代子さんは、
レコーディング時には遠州弁に悩まされましたね。微妙なイントーネーションの違いですが、リズムがズレてしまうらしくて。でも最終的には「遠州弁もキーボーの特徴だよな」って(笑)
それ以来、しゃがれ声と遠州弁なまりのスタイルが「私にしか出せない声」として理解されるようになったんです
と、語っています。
山田喜代子(キーボー)は27歳の時には「ヒロシ&キーボー」を解散していた
そんな山田喜代子さんは、その後も、「ヒロシ&キーボー」として、
- 1983年3月「5年目の破局/煌めいてエメラルド」
- 1983年6月「危険なクラス会/枯葉のように」
と、シングルをリリースするのですが・・・
売上はパッとせず、1984年、「ヒロシ&キーボー」は解散となったのでした。
山田喜代子(キーボー)は「ヒロシ&キーボー」解散後はソロ活動を続けていた
その後、山田喜代子さんは、ソロ活動を続けていたそうですが、2009年、52歳の時には、浜松の実家に戻り、浜松を拠点としてライブ活動を行うようになったそうで、
山田喜代子さんは、2012年、「日刊ゲンダイ」の取材に対し、
3年前、30年近く住んだ東京から浜松に戻って以来、こっちを拠点に活動してるの。両親も老後が心配なトシになってきたし、実家で暮らす方が安心じゃない。
田舎に引っ込んじゃって仕事は大丈夫、って心配されるけど、浜松は楽器産業が盛んな『音楽の街』でしょ。クラシックからジャズまでいろんなイベントが豊富で、ライブをやれば東京と変わらないくらいのお客さんが集まってくださるのよ
と、語っています。
また、2012年(55歳)頃からは、自分にしか出せない声の可能性を追求するべく、ジャズ・ミュージックにも取り組んでいるそうで、
山田喜代子さんは、
結局、私には歌しかないんです。だからもう一度深く、徹底的に歌の勉強をしようって。挫折しかけた時は、いつも浜松出身という誇りを胸に抱きました
と、語っています。
山田喜代子(キーボー)は58歳の時に両親のダブル介護に明け暮れていることを明かしていた
そんな山田喜代子さんは、2015年1月、バラエティ番組「爆報!THEフライデー」に出演しているのですが、その際、
- 2012年に、お母さんが脳梗塞で倒れ、以来、右半身麻痺となったこと
- その1年後の2013年には、お父さんの様子がおかしくなったことから、医療機関を受診すると、認知症と診断されたこと
- その結果、24時間、目の離せないダブル介護に明け暮れていること
などを明かしています。
また、認知症のお父さんがお母さんに暴力を振るうこともあり、そのような心労から山田喜代子さんは心身ともにボロボロになり、錯乱状態になって精神安定剤を服用したこともあることも明かしたのでした。
山田喜代子(キーボー)は58歳の時に同居していた父親に暴力を振るわれ自ら警察に通報していた
そんな中、2015年7月2日には、同居していたお父さんが傷害の現行犯で逮捕されるという事件が起こるのですが、実は、被害者は山田喜代子さん自身だったといいます。
山田喜代子さんによると、家で寝ていたところ、そばでお父さんが掃除を始めたことから、止めるように言ったそうですが、突然、襲いかかられたそうで、
「何をするのよ!」と言い返すと、お父さんに壁に押し付けられ、掃除用のモップを振りかざしてきて、その角がこめかみのあたりにぶつかってしまったそうで、思ったより傷は深く、顔は血だらけになってしまったというのです。
痛々しい姿の山田喜代子さん。
そんな中、山田喜代子さんは、身の危険を感じ、すぐに110番通報したそうで、かけつけた浜松中央署員がお父さんを逮捕したのだそうです。
(それ以前にも、山田喜代子さんはお父さんにあばら骨にひびが入るケガを負わされたこともあったといいます)
また、山田喜代子さんは、お父さんを、あえて告訴すると語っており、その理由について、
私は父が大好きだったから本当に怖かったし、傷つきました。もう一緒には暮らせないということです。どこかの施設に入ってくれるのがいいと思うから
と、明かしています。
その後、10日間の勾留を終えたお父さんが留置所から出てくると、山田喜代子さんの弟さんがお父さんとお母さんを引き取ったそうで、山田喜代子さんは、実家で一人暮らしをし、家族とは半ば、絶縁状態になっているといいます。
(山田喜代子さんは、2015年10月、情報番組「ノンストップ!」の取材に対し、再び、お父さんと暮らすことを決め、その後も、実家で両親の介護を続けていると語っていたのですが、実際は違っていたようです)
山田喜代子(キーボー)は59歳の時に万引きで逮捕されていた
そんな中、2016年7月25日(59歳)、今度は、山田喜代子さん自身がコンビニで化粧品を万引きしたとして、静岡県警浜松中央署に逮捕されています。
ちなみに、山田喜代子さんが万引きをした理由については不明です。
1982年、黒沢博さんとの男女デュオ「ヒロシ&キーボー」で「3年目の浮気」が大ヒットを記録し、一躍、有名になった、キーボーこと山田喜代子(やまだ きよこ)さん。 そんな山田喜代子さんは、1984年に「ヒロシ&キーボー」解 …
山田喜代子(キーボー)の現在(60代)は?自宅が火事になっていた!
そんな山田喜代子さんですが、2022年、65歳の時には、実家が火事になったことが報じられています。
記事によると、火はおよそ30分後に消し止められたそうで、幸い、山田喜代子さんにケガはなかったようですが、出火の原因については不明です。
ちなみに、山田喜代子さんは、一人暮らしをして以来、うつ病を発症し、自宅からほとんど出られなくなった、という話や、一人暮らしをしながら、地元で音楽活動を続けている、との話もあるようですが、真偽は不明です。
1966年、17歳の時、「寺内タケシとバニーズ」のヴォーカルとしてデビューすると、1982年、33歳の時には、山田喜代子さん(キーボー)とのデュエット「ヒロシ&キーボー」名義でリリースしたシングル「3年目の浮気 …