中学2年生の時、NHKテレビドラマ「次郎物語」で主人公に抜擢されると、”天才子役”と言われた、池田秀一(いけだ しゅういち)さんですが、やがては、俳優として伸び悩むようになったそうで、
そんな中、勧められるまま、洋画の吹き替えをするようになると、当初は乗り気ではなかったものの、1977年、28歳の時、アメリカのテレビ番組「ルーツ」の主人公の吹き替えを務めたことをきっかけに、声優に活路を見出すようになったといいます。
今回は、池田秀一さんの若い頃(俳優と洋画吹替の兼業時代)をご紹介します。

「池田秀一の生い立ちは?幼少期は「次郎物語」で天才子役と呼ばれていた!」からの続き
池田秀一は20歳頃に出演したテレビドラマで挫折を感じていた
NHKのテレビドラマ「次郎物語」や映画「路傍の石」に出演したことがきっかけで、俳優を続けてみたいと思うようになったという池田秀一さんは、その後も、数々のテレビドラマや映画に出演していたそうで、
20歳頃、あるテレビドラマでは、主人公の弟(高校生)役で出演したそうですが、
池田秀一さんが、彼女とケンカをするシーンがあり、「もう君とは会わない!」と言って、すごい剣幕でケンカしたにもかかわらず、翌週には普通に会っていたことから、違和感を感じ、
監督に、
これはおかしい。和解したところが描かれていない!
と、言ったそうですが、
監督には、
別に君たちを描いているわけじゃないから
と、言われたそうで、
(このドラマでは、主人公の大人の恋愛と、主人公の弟・池田秀一さんら高校生の恋愛が描かれていたそうです)
これはこれで正しい意見だし、従わなくてはいけないと、こだわりを捨てようと思ったそうですが、正直なところ、挫折を感じたといいます。
(それまでの作品では、池田秀一さんがおかしいと思ったことを言うと、監督はとりあえずは聞いてくれたそうです)
また、周囲の環境も変わっていき、池田秀一さんが知っているディレクターもどんどん引退していったそうで、
池田秀一さんは、
あまり大きな声では言えませんが、面白い番組もなくなりましたよね。
と、語っています。
池田秀一は24歳頃に洋画の吹き替えもするようになっていた
それでも、池田秀一さんは、その後も俳優業を続けていたそうですが、25歳頃には伸び悩んでいたそうで、
そんな中、洋画の吹き替えの仕事をしている知り合いに、
声の仕事もやってみないか?
と、勧められ、
それほど、乗り気ではなかったものの、洋画の吹き替えをやるようになったそうです。
池田秀一は洋画の吹き替えを始めた当初は全く向いていないと思っていた
ただ、当時は、フィルムだったことから、事前にビデオなどを借りて予習することができず、たいていは前日、ひどい時には当日に映像をみんなで一斉に観てリハーサルし、収録を開始していたそうで、
周りはプロの声優の人ばかりだったため、とても上手だったそうですが、池田秀一さんは、自分のセリフを追っているうちに画面を見失い、どこをやっているのか分からなくなり、リハーサルどころではなくなったそうで、
池田秀一さんは、
それで先輩にいじめられるということもなかったんですけど、声優さんというのは大変なお仕事だなと思いましたね。全然僕の世界じゃない、違う土俵だって。
と、その時は、洋画の吹き替えは全く向いていないと思ったそうです。
池田秀一は28歳の時にアメリカのテレビ番組「ルーツ」の主人公の吹き替えをきっかけに声優の道に活路を見出していた
それでも、池田秀一さんは、俳優業と並行して、洋画や海外ドラマの吹き替えの仕事を続けていたそうですが、
1977年、28歳の時、アメリカのテレビ番組「ルーツ」を日本で放送するにあたって行われた声優のオーディションで、見事、主人公の黒人少年・クンタ・キンテ役の吹き替えを射止めると、
この作品は、大作だったことや、時間もあったことから、ゆったりと収録することができ、
その時に、
これはラジオドラマだと思えばいいんだな
と、思ったそうで、
池田秀一さんは、
もちろんラジオと違って自分の間が通用しないわけですけど、そこは場数をこなして慣れるしかない。だから今は、少しくらい合わなくてもいいやと(笑)
そうやって考えて周りを見渡すと、「この人たちはたしかにうまいけど、俺も場数さえこなしていけば大丈夫かもしれない」と不遜にも思ってしまったわけです。
と、語っています。
また、当時は、舞台や映画に出る俳優が”本物”で、アニメや吹き替え(アテレコ)は”仕事がない役者がやる二流の仕事”と見なされていたそうで、「アテレコを始めたら役者として終わりだ」とさえ言われていたそうですが、
そんな中でも、第一線で活躍していた先輩たちは、
お前ら(批判する奴ら)にこの難しい仕事ができるわけがない
やってみろ、どれだけ大変か分かるから
という、強いプロ意識とプライドを持っていたそうで、
池田秀一さんは、そんな先輩たちのカッコよさに憧れたそうですが、
(池田秀一さんは、この人たちこそが現在の声優界の基礎を作ったとリスペクトしているそうです)
同時に、卑屈になっている人たちを見て、
(みんなが自信満々ではない今なら)自分にも入り込むチャンスがあるかもしれない
と、業界の未完成さや隙を感じたそうで、
それが、声優の道へ踏み出すきっかけの一つになったのだそうです。
「【画像】池田秀一(声優)の若い頃から現在までの主なキャラほか経歴は?」に続く
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