大学1年生の時、韓国でデビューすると、半年後には、日本の芸能事務所のオーディションにも合格して来日し、21歳の時、シングル「over・・・」で日本デビューも果たした、K(ケイ)さん。

そんなKさんは、音楽好きのお父さんの影響で、常に音楽が流れている環境で育つと、高校1年生の時には、友達に誘われて訪れた教会で聴いた音楽に魅了されてピアノを始めていたといいます。

今回は、Kさんの、幼少期(生い立ち)から高校3年生の時に韓国でオーディションに合格するまでをご紹介します。

幼少期のK

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Kのプロフィール

Kさんは、1983年11月16日生まれ、
韓国・ソウルの出身、

身長177センチ、

学歴は、
小学校・中学校・高校卒業
⇒驪州(ヨジュ)大学実用音楽家1年中退

ちなみに、本名は「カン・ユンソン(강윤성/姜潤成)」で、「&TEAM」のメンバーのK(本名・古賀祐大)さんとは別人です。

Kが幼い頃はいつも家で音楽が流れていた

Kさんは、警察官だったお父さんのもと2人兄弟の第2子として誕生すると、音楽が好きなお父さんの影響で、家ではいつも音楽が流れていたそうで、

高校1年生の時には、バンドに興味を持ち、弾き語りやピアノを弾く人に憧れるようになったそうです。

幼少期のK
幼少期のKさん(左)とKさんのお兄ちゃん(右)。

Kは高校1年生の時に教会のバンド演奏を聴いたのをきっかけに音楽活動を始めていた

そんな中、Kさんは、高校1年生の時、教会に通っている友達に、

うちの教会に来れば、毎週日曜日にバンド演奏も聴けるし、練習もできる

と誘われ、教会を訪れると、

その教会は少しユニークで、ラップを取り入れた賛美歌を歌ったり、バンドによるポップスの演奏が行われたりしていたそうで、

Kさんは、

音楽ってこんなに素晴らしいのか

と感じ、

それ以来、毎週のように教会へ通うようになったといいます。

(両親は、Kさんが「教会に行く」と言っていたことから、教会で活動していることを喜んだそうです)

そして、やがては、Kさんも、教会で楽器を教えてもらい、歌を披露するようになるほか、バンドを結成したり、作曲を始めたりと、音楽活動をスタートさせたのだそうです。

Kは高校1年生の時、父親に音楽活動を反対されていた

ただ、Kさんが教会で音楽活動をしていることが両親に分かると、お母さんは応援してくれたものの、お父さんからは猛反対されたそうで、

厳格だったお父さんは、理由も言わずに、

音楽はやめなさい

と、言い、

Kさんがヘッドホンを付けて電子ピアノを練習していても、鍵盤を叩く「カタカタ」という音が気になるのか、「うるさい」と怒られる日々が続いたといいます。

Kは高校3年間で十数回オーディションに落ちていた

とはいえ、Kさんは、ピアノを弾くことが楽しくて楽しくて仕方がなく、お父さんに怒られても全く気にならず、夜も寝ずに弾き、学校で寝ているような状態だったといいます。

(そのため、後に、シンガーソングライターとなってからも、音楽を仕事だと思ったことは一度もないそうです)

そして、なぜか、

自分はプロになれる

という自信があったため、お父さんに内緒でオーディションを受けていたそうですが、

高校1年から3年までの間、教会でピアノを演奏しつつ、十数回もオーディションを受けるも、全然受からなかったといいます。

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Kは高校3年生の時にオーディションに受かると父親に事務所との契約を許してもらっていた

それでも、決して諦めずにオーディションを受け続けると、高校卒業間近には、ついに受かったそうで、事務所と契約を結ぶことになったそうです。

ただ、まだ高校生だったことから、お父さんの同意が必要で、お父さんには反対されるだろうなと覚悟していたそうですが、意外なことに、お父さんはあっさりと契約を許してくれたといいます。

そこで、その日、お父さんと二人で食事に出かけた際、なぜ今回は反対しなかったのか理由を尋ねると、実は、お父さんも若い頃に歌手を目指していたことを明かしてくれたそうで、

お父さんは、周りから「歌が上手い」と評判だったものの、結局オーディションには受からず、夢を諦めた経験があり、だからこそ、Kさんに対して、「少し歌が上手いくらいではプロの世界では通用しない」という厳しさを教えたくて、あえて反対し続けていたのだそうです。

(もちろん、それからというもの、お父さんは音楽活動を応援してくれるようになったそうです)

「【画像】K(韓国人歌手)の若い頃から現在までの代表曲は?GACKTとも!」に続く

お読みいただきありがとうございました

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