「天国と地獄」「八つ墓村」「必殺仕置人」など、一度見たら忘れられない、迫力ある演技が魅力の、山崎努(やまざき つとむ)さんですが、今回は、そんな山崎さんの、演じることの原点となった幼少期の体験をご紹介します。
年齢は?出身は?身長は?本名は?
山崎さんは、1936年12月2日生まれ、
千葉県東葛飾郡松戸町(現・松戸市)のご出身、
身長174センチ、
血液型はA型、
学歴は、
東京都立上野高等学校(定時制)卒業、
趣味は、読書、旅行、草野球だそうですが、特に読書に関しては、いつも本を手放さず、自ら「活字中毒」というほどの読書家だそうです。
また、「山崎努」は本名ですが、本来は「ざき」の漢字表記が「﨑」(立)だそうです。
幼少期はおとなしかった
山崎さんは、千葉県東葛飾郡松戸町(現:松戸市)に、友禅染職人のお父さん・宇之助さんとお母さん・せんさんのもと、一男二女の長男(妹が2人)として誕生したそうで、
幼い頃は人前に出ることが苦手で、家の中で絵を描いて遊ぶことが好きな子どもだったそうです。
幼少期に父親に対して喜ぶ演技をしていた
やがて戦争の色が濃くなり、山崎さんは、お母さんの実家のある千葉県・狛市の山奥の村に疎開していたそうですが、
終戦となった1945年の秋、山崎さん8歳のある日のこと、
おまえの父ちゃん、帰ったぞぉ
と、山崎さんたち一家が暮らす土蔵に、お父さんの復員の知らせが来たそうで
正直なところ、お父さんが帰って来たことがさほど嬉しかった訳でもなかったそうですが、
山崎さんは、
ここは息子として喜ばないといけない
と、思ったそうで、
裸足のまま土蔵を飛び出し、一目散にお父さんのもとへ駆けつける、という演技をしたのだそうです。
幼少期の体験が演じることの原点だった
そんな山崎さんは、
あぁ、僕はこんな演技ができるんだな
と、思いつつ、お父さんがいると聞いていた家の前まで一気に駆け、そこで一呼吸置いた後、引き戸をバーンと勢いよく開けたそうですが・・・
脇に大きなリュックを置き、お茶を飲んでいたお父さんは、振り返るも、その目には表情がなく、
あっ、(演技を)見抜かれた
と、山崎さんは思ったそうで、
(その後、自分がどのような行動をとったのかは思い出せないそうです。)
そのときの8歳の演技について、“俺はなんて嫌な奴なんだ”という記憶として残っています。それが、自意識というものをもった最初だったんじゃないか
(「演じることの原点でもあったのか」という記者の質問に)そうとも言えます。つまり、ある領域というかゾーンに入ると演技ができる。痛くもかゆくもないし、熱くも寒くもない。何でもできてしまう。そういう教訓になりました
と、語っておられます。
ちなみに、お父さんは、復員してから約1年半後、「脳出血」のため、36歳という若さで他界されており、お父さんが山崎さんの演技を見抜いていたかどうかは聞けず仕舞いだったそうですが、山崎さんは今でも知りたいと思っているとのことでした。
「山崎努は昔「俳優養成所」時代に失神の演技をリアルでやっていた!」に続く