若い頃は甘いルックスと巧みな演技で二枚目俳優として人気を博すと、その後は、年齢に応じた味わい深い演技を披露する一方で、金鳥のCMなどでコミカルな姿も披露するなど親しみやすい性格から、芸能界でもファンの多い、近藤正臣(こんどう まさおみ)さんですが、プライベートはどのようなものなのでしょうか。今回は、そんな近藤さんの、結婚、郡上八幡での暮らしについてご紹介します。
「近藤正臣と玉木宏は師弟のような深い絆で結ばれていた!」からの続き
妻は幼なじみ
近藤さんは、1966年、24歳の時(上京したものの、端役が続く日々に嫌気がさし、実家に戻って母親の小料理屋を手伝っていた頃)、小学校から高校まで同じ学校に通っていた、1学年下の幼馴染(おさななじみ)の女性と結婚されています。
近藤さんはプライベートをほとんど明かされていないため、いつ頃から交際され、どのような経緯で結婚に至ったかは不明ですが、
半世紀も続いている結婚生活の秘訣については、
お互い、潔く、諦めて・・・
よく分からないんです
我慢するのは悪いことじゃない・・・
などと、答えられています。
娘は元タレントの川口ひみこ!息子は?
そんな近藤さんと奥さんの間には、女の子が一人誕生しているのですが、その娘さんは、以前、「川口ひみこ」名義でタレントをしており、
1987年から1989年まで放送された討論バラエティ番組「七人のHOTめだま」で、近藤さんと親娘二人で司会をされていたのですが、その後の情報がなく、現在は一般人(結婚され、お子さんもいるそうです)のようです。
「七人のHOTめだま」出演時の近藤さんと川口ひみこさん。
(近藤さんを「息子」で多くの人が調べているようですが、近藤さんに息子さんはいらっしゃいません)
「柔道一直線」でブレイクした時には結婚して子供もいた
ちなみに、近藤さんが、「柔道一直線」で高校生の役を演じて一世を風靡した頃には、すでに結婚し、幼稚園に通う娘さんがいらっしゃった訳ですが、
近藤さんは、そのことについて、
『独身だろう』と、決めつけられて、(写真週刊誌の無い時代だったため)特に聞かれもせず・・・
25歳とサバは読んでいたが、(実際は28歳でした)子どもがいることを隠していたわけではない。でも、世間はそんなことを思いもしなかったようだね
と、明かされています♪
現在は郡上八幡で生活
そんな近藤さんは、40年ほど前、仕事で訪れた岐阜県・郡上八幡の自然に魅せられ、
郡上も夏は暑いのですよ。でも吉田川沿いのここは、夏は川下からいい風が上がってきます。それが良くて、良くて、40年経ってしまいました
と、仕事の合間に、長良川に流れ込む吉田川に通い続けると、
2004年頃には、吉田川の湖畔に釣り専用の別宅「釣り小屋」を建て、当初は、年間の3分の1だけこの地で暮らしていたそうですが、
2017年には、ついに本格的に移住し、仕事がある時だけ、郡上八幡から東京に通うという生活にされたそうで、
吉田川で釣りを楽しむ近藤さん。
近藤さんによると、
私は京都の祇園に生まれました。母の話では産湯は鴨川で、小さいころから川遊びが好きで、いつまでたっても川からは離れられません。川に立つのは、やっぱり嬉しいんです
子供のころから守りたかったものが、京都の鴨川や山や森でした。しかし、それは少年時代の思い出とともにあるものです。やがて40歳を過ぎたころに仕事で郡上を訪れたら、少年時代に鴨川で過ごした感覚が蘇ってきたのです。
水の美しさに感激し、ダイビングスーツを身に着けて清流に身体を任せて潜ってみると、川の中にはサツキマスがいるし、見たこともない大きなアマゴもいました。そして、ウグイのアカハラの大群も迫って来る。“凄いところだな”と思って通うようになったんです
と、郡上八幡の自然の中でも、特に川に魅せられ、そんな大好きな川で、魚釣りを楽しんでいるのだそうです。
また、
郡上に来ると、いろいろな釣り名人がいます。アマゴ釣りの名人、アユ釣りの名人・・・。みんないっぱしの職漁師です。でも普通、釣り名人は、魚や熊、鹿とは付き合えるけど、人間付き合いが上手ではないと言います。
しかし、その名人の中でも釣りの聖人と言われた恩田俊雄さんは、人との付き合いにも長けていました。しかも、川やその周囲の自然が好きで、子供のように心が素直なのです。そうした人たちに教えられたのが、私の釣りの底辺になっています
と、釣りを通して様々な人たちと交流を持たれてきたそうで、夏は「郡上祭り」に参加するほか、長良川鉄道を積極的に利用して1日駅長も務められるなど、地域の活動にも積極的に参加されているとのことでした。
さて、いかがでしたでしょうか。
近藤さんの、
- 年齢は?出身は?身長は?
- 先祖(曽祖父)は幕末の尊皇攘夷志士・近藤正慎
- 本家は清水境内で茶屋を代々経営
- 母親は妾ながら幼少期は本宅(父親の正妻の家)によく遊びに行っていた
- 本名は?芸名の由来は?
- 母親は息子から見ても艶っぽい女性だった
- 高校時代は演劇部で活動
- 大阪の料亭「吉兆」で板前修業するも3ヶ月で挫折
- アングラ劇団「ドラマ工房」を立ち上げるも経済的に困窮
- 学生運動に参加していた
- 「松竹」大船撮影所と契約するも端役が続く日々
- 今村昌平監督の「エロ事師たちより 人類学入門」で映画デビュー
- 「柔道一直線」で大ブレイク
- 足でピアノ(猫踏んじゃった)を演奏していた?
- 足でピアノを演奏するシーンは別の俳優が演じていた
- 「地獄車」の撮影では実際に神社の石段から落ちていた
- 「空中での組み合い」の撮影ではトランポリンを使って実際に飛んでいた
- 出演作品(映画)
- 出演作品(テレビドラマ)
- 金鳥「キンチョウリキッド」のCMではタヌキやカッパのかぶり物姿を披露
- NHK大河ドラマ「国盗り物語」で明智光秀役
- 「黄金の日日」では石田三成役を爽やかに演じる
- 「黄金の日日」では石田三成の苦悩も表現していた
- 「真田丸」で本多正信役
- 実は真田十勇士側の人物を演じたかった
- 三谷幸喜が近藤正臣の本多正信を絶賛
- 三谷幸喜は近藤正臣の大ファンだった
- 近藤正臣は玉木宏を高く評価
- 玉木宏に演技指導もしていた
- 玉木宏も近藤正臣へ尊敬の念
- 近藤正臣と玉木宏はプライベートでも交流
- 妻は幼なじみ
- 娘は元タレントの川口ひみこ!息子は?
- 「柔道一直線」でブレイクした時には結婚して子供もいた
- 現在は郡上八幡で生活
について、まとめてみました。
二枚目俳優として一世を風靡するも、そこに執着することなく自身の持ち味を活かして新境地を開拓し、インタビューなどでは、ユニークで独特な表現を使いながらも、少年のように飾り気のない素直なコメントをされる近藤さん。
味わい深い演技に加え、人間味あふれる近藤さんが、テレビドラマで引っ張りだこなのも納得ですね。これからもお体に気をつけて、末永い活躍を期待したいものです。