立教大学の推薦入学のセレクションでは、名門・芦屋高校の本屋敷錦吾さんの軽々と打球をさばく身のこなしに舌を巻き、見とれていたという、長嶋茂雄(ながしま しげお)さんですが、打撃練習では、砂押監督を釘付けにし、紅白試合では、後にプロ野球で「史上最強のアンダースロー」と称される杉浦忠さんから3安打したといいます。

「長嶋茂雄は立教大の推薦セレクションで本屋敷錦吾に見とれていた!」からの続き

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バッティングで「鬼の砂押(監督)」を釘付けにしていた

守備練習では、本屋敷錦吾さんのしなやかな身のこなしに見とれていたという長嶋さんですが、打撃練習では、なんとしてでも、「南関東きっての大モノ打ち」の実力を見せたいと夢中で打つと、打球は全てライナーだったそうですが、次々と右中間のフェンスを超えていったそうで、

ふと気がつくと、あの「鬼の砂押(監督)」が、ケージの真後ろにしがみつくようにして、じっと自分を見つめていたそうです。

(また、ネット裏では、後で当落のふるいにかけるため、先輩の野球部員たちも「帳面」(ノートやメモ用紙)を携え、長嶋さんたちのバッティングやフィールディングに目を光らせていたそうです)

紅白試合で「紅軍」の選手に選ばれる

そして、紅白試合が始まる前には、関谷マネージャーが、

えーっと、紅軍は芦屋高の本屋敷、育英高の石川・・・

と、両軍の名前を順々に読み上げていくのを、

いつ自分の名前が呼ばれるかと息をつめて待っていると、

・・・それから、佐倉一高の長嶋

と、長嶋さんは「紅軍」の選手として選ばれたそうで、

ここで打ちまくれば、例の「帳面」に自分の名前が大きく書き込まれるに違いないと意気込み、「白軍」のピッチャーが誰なのか、マネージャーの声に神経を集中したそうです。

「白軍」のピッチャー・杉浦忠はまだ無名の高校生だった

すると、マネージャーは、

えーっ、白軍の先発は、瑞陵(ずいりょう)高の杉浦が放る・・・。杉浦はいるか・・・

と、言ったそうですが、返事がなく、

マネージャーが、さらに、

どうした、杉浦はいないのか?

と、尋ねると、

誰かが困ったように、

はい

と、答えたそうで、

(その高校生はメガネをかけ、いかにも秀才らしい風貌をしていたそうです)

それを聞いた上級生が、

いるなら、早く返事しろ!

と、怒鳴ったそうですが、

高校生:・・・でも、ぼく杉浦ですけど、名前がちがいます。

上級生:なんだって?

高校生:同じ杉浦でも、ぼくは忠です。杉浦忠といいます。

上級生:忠?

高校生:はい。学校もちがいます。ぼく、瑞陵じゃなくて、挙母(ころも)高校です。

上級生:そうか。杉浦ちがいか・・・いいや。仕方がない。お前、投げてみろ

と、結局、このメガネをかけた無名の杉浦忠さんが投げることになったのだそうです。

(ちなみに、瑞陵高校の杉浦(四郎)さんは、このキャンプに参加する前に、予定を変更して「毎日オリオンズ」(現・ロッテオリオンズ)に入団していたそうです)

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「白軍」のピッチャー・杉浦忠から3安打を放つ

すると、杉浦さんは、本格的なオーバーハンドで、恐ろしいほどスピードのある素晴らしいピッチングをしたそうで、「紅軍」には甲子園出場経験者が大勢メンバーに入っていたにもかかわらず、その強力打線を相手に、一歩も譲らなかったそうです。

しかし、あわや「紅軍」がシャットアウト負けになろうかという8回、長嶋さんに打席が回ってくると、長嶋さんは、杉浦さんから強烈な三塁打を打ったそうで、結局、杉浦さんから合計3安打したのだそうです。

(杉浦忠さんは、後に日本プロ野球史上5人目の投手5冠(パ・リーグ初)を達成し、「史上最強のアンダースロー」「魅惑のアンダースロー」などと称されています)

「長嶋茂雄は立教大で一人だけ夜間練習を命じられていた!」に続く

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