1989年、吉本新喜劇を退団し、東京吉本に移籍すると、以降、バラエティ番組への出演を重ねるかたわら、1992年には、24時間テレビ「愛は地球を救う」の初代チャリティーランナーを務めると、2008年には、アースマラソンに挑戦し、4万1000kmにも及ぶ距離を走り切った、間寛平(はざま かんぺい)さん。
そんな間寛平さんは、プライベートでは、同じ吉本興業所属だった光代さんと結婚しています。
今回は、間寛平さんの妻・光代さんとの馴れ初め、結婚に至るまでの経緯、結婚後、現在の関係についてご紹介します。
間寛平の妻・光代との馴れ初めは?
間寛平さんは、28歳の時、元吉本新喜劇の座員で9歳年下の光代さんと結婚しています。
間寛平さんと光代さんは、テレビ番組「あっちこっち丁稚」での共演がきっかけで知り合ったそうですが、この時、光代さんは、まだ17歳だったそうで、
間寛平さんは、稽古が終わった後、
夜は危ないから…
と、車で送っていったことがきっかけで親しくなったそうです。
ただ、間寛平さんは、光代さんに対して恋愛感情はなく、妹のようにかわいがっていただけだったそうですが、しばらくして、会社から、
もう、結婚せえ
と、言われたそうで、言われるがままに結婚したのだそうです。
また、会社が結婚の日取りも全部決めてくれるなど、本人の意志よりも会社の方針で決まった結婚だったのだそうです。
若い頃の間寛平さんと光代さん。
間寛平は妻・光代について「なんでも解決してくれる”怪傑ゾロ”のような存在」と語っていた
こうして、会社の言われるままに結婚したという間寛平さんですが、
妻・光代さんについては、
なんでも解決してくれる”怪傑ゾロ”
のような存在だと語っています。
というのも、妻・光代さんは、間寛平さんが借金を背負った際には、生まれたばかりの長女を連れ、金融業者に利子の免除を頼み込んでくれたほか、
間寛平さんは、坂田利夫さんが入院した際には、3日に1度お見舞いに行き、写真を撮ってはSNSにアップしていたそうで、退院が決まった時も、(坂田利夫さんから退院することを聞き)写真を撮って「明日、いよいよ退院です」とSNSにアップしたそうですが、
実は、坂田利夫さんの退院は、新聞記者などを集めて広報がすることになっていたそうで、そのことを知らずにそれより先にSNSにアップした間寛平さんは、会社やマネージャーに大激怒されてしまったそうですが、
この時も、間寛平さんが光代さんに相談すると、光代さんが全部謝って解決してくれたのだそうです。
ちなみに、間寛平さんは、莫大な借金を抱えたり、突然マラソンを始めたりと、いつも自由に行動してきているのですが、光代さんは、そんな間寛平さんには、いつも笑顔でいてほしいと思っており、一度も嫌いになったことがないのだそうです。
間寛平と妻・光代の現在の関係は?
そんな間寛平さんは、結婚して以来、ずっとそばにいてサポートし続けてくれた妻・光代さんに頭が上がらず、2021年、「徹子の部屋」に夫婦で出演した際には、光代さんに初めて感謝の気持ちを伝えたといいます。
また、間寛平さんは、2022年2月、吉本新喜劇のゼネラルマネージャー(GM)に就任しているのですが、実は、光代さんの言葉でGMの依頼を引き受ける決心をしたといいます。
というのも、間寛平さんは、2020年に芸能生活50周年を迎えた際、引退を決意していたそうですが、社長から待ったがかかり、今の新喜劇を変えてほしいとGMの依頼が来たそうで、間寛平さんは、当初、この依頼に難色を示していたというのです。
しかし、光代さんから、
あんたは会社から大事にしてもらってきて、居心地のいいところにずっと置いてきてもらったんだから、やらなあかん。会社への恩返しのつもりでがんばってみたら
と、言われ、「じゃあやるか」という気持ちになったそうで、
間寛平さんは、現在も、光代さんに全面的にサポートしてもらっているようです。
「間寛平の娘は?息子・間慎太郎はシンガーソングライター!」に続く
間寛平さんと妻の光代さん。
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