金子信雄の妻は丹阿彌谷津子!青年俳優クラブ?新演劇人クラブ・マールイ?

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1954年には「劇団青俳」、1966年には、「新演劇人クラブ・マールイ」設立と、意欲的に演劇活動をされた、金子信雄(かねこ のぶお)さん。劇団退団後の、1973年には、映画「仁義なき戦い」で大ブレイクされています。




プロフィール!


金子さんは、
1923年3月27日生まれ、

東京府東京市下谷区
(現在は東京都台東区)のご出身、

学歴は、京華学園卒業、

だそうです♪


文学座に入団、映画デビュー


金子さんは、1943年に、
劇団「文学座」に入団し、
舞台を中心に活動されていましたが、

当時、舞台俳優も、
映画に出演する風潮になっていたため、

金子さんも、映画界に引っ張られ、
1946年「浦島太郎の後裔」で映画デビュー。

その後も、
1950年「七色の花」
1952年「生きる」
     「山びこ学校」
     「真空地帯」


と、映画に出演されています。


変革期


ただ、舞台と映画では、
お芝居の仕方が違うため、

金子さんをはじめ、当時の劇団員の間では、
どのように演じることが良いのか、
しばしば、議論の対象となっていたようで、

シェイクスピアやギリシア劇の方法論を、
演技に持ち込む舞台と違い、

映画では、よりリアルなお芝居を求めるべきで、

「演技は写実的にやるもんなんだ」

という風に、劇団員の間で、
意識が変わってきていたのでした。

「青年俳優クラブ」結成


にもかかわらず、金子さんの演劇仲間である、
織本順吉さんが所属していた「新協劇団」の主宰者、
村山知義さんらは、依然として、
この考え方を認められなかったため、

ついに、金子さんは、
1952年に「文学座」を退団し、

織本さんの他に、飲み仲間であった、
「俳優座」の木村功さん、
「新協劇団」の岡田英次さん、西村晃さん、
「文学座」の高原駿雄さんと、
「青年俳優クラブ」を結成。

翌年の1953年に、「俳優座劇場」で、
第1回公演「フォスター大佐告白する」を開催すると、

1954年には、「青年俳優クラブ」名義で、
独立プロの山本薩夫監督の「日の果て」
新東宝の市川崑監督の「億万長者」など、
映画製作にも関わるようになったのでした。


「劇団青俳」~「新演劇人クラブ・マールイ」設立へ~


そして、この年、
正式に「劇団青俳」に改名し、
主に、翻訳劇、創作劇を意欲的に上演されると、

1966年には、
「オッペンハイマー事件」
「あの日たち」
「地の群れ」

の公演に対し、「第1回紀伊國屋演劇賞」を、
団体として受賞。

また、この年、金子さんは、
妻の丹阿彌谷津子さんとともに、

「新演劇人クラブ・マールイ」を結成し、
演出家としても活動されたのでした。

(ちなみに、松田優作さんも、「文学座」に入所される前、一時期、
「新演劇人クラブ・マールイ」に所属されていたことがあったとか。)


「劇団青俳」退団へ


その後、いつ頃かは、
はっきり分かりませんでしたが、
金子さんは、「劇団青俳」を退団。

というのも、同劇団の2本柱だった、
木村功さんと岡田英次さんの考え方に、
ズレが生じはじめ、

1968年には、劇団内部の戯曲選出について、
二人の意見が対立したことから、ついに分裂。

岡田さんをはじめ、多くの個性派劇団員が、
脱退されたのことで、金子さんも、
この時期に脱退されたのかもしれません。

ちなみに、1970年には、
「青年俳優クラブ」結成当初から経営に携わっていた、
本田延三郎さんも退社され、劇団員も次々に退団と、
大きく様相が変化したようです。

そして、1979年に、次期劇団社長が、
劇団以外の乱脈経営に乗り出し、失敗すると、

1979年、劇団「青排」は、
多額の負債を抱え、倒産したのでした。


映画や料理番組で活躍~死去~


ところで、金子さんは、
劇団退団後の1973年に、

映画「仁義なき戦い」で、
山守義雄組長役を熱演されると、
たちまちブレイク!


「仁義なき戦い」より。山守組長に扮する金子さん。

以降も、
1973年「仁義なき戦い 広島死闘篇」
     「仁義なき戦い 代理戦争」

1974年「仁義なき戦い 頂上作戦」
     「仁義なき戦い 完結篇」


と、「仁義なき戦い」シリーズに出演され、
人気を不動のものとされています。

また、1987年には、
料理番組「金子信雄の楽しい夕食」で、
自ら考案した料理を披露されると、

初代アシスタントの、
東ちづるさんとのやりとりもウケ、

金子さんは、仁侠映画のヤクザとは違う、
新たな路線でも、人気を確立。


「金子信雄の楽しい夕食」より。金子さんと東さん。

しかし、そんな金子さんも、
1994年の暮れ頃から体調を崩されると、
1995年1月、都内の病院において、
細菌性敗血症で他界されたのでした。

さて、いかがでしたでしょうか?

劇団時代に培われた、
唯一無二の個性的な演技を披露し、

映画という新境地でも、見事、
人気・実力ともに兼ね備える俳優となられた金子さん。

お料理のおっちゃんとしか知らない方は、
是非、この機会に、金子さんの出演作品を、
観てみてはいかがでしょう。



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