「劇団☆新感線」の看板女優として、「髑髏城の七人」「SHIROH」「蛮幽鬼」などに、出演されている、高田聖子(たかだ しょうこ)さん。その一方で、1995年から2006年まで、11年間に渡り、自ら、演劇ユニット「月影十番勝負」をプロデュース。それ以降も、「月影番外地」として、2年毎のペースで続けておられます。


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プロフィール!

高田さんは、1967年7月28日生まれ、
奈良県生駒郡斑鳩町のご出身です。

身長160センチ、
体重48キロ、

靴のサイズは23.5センチ、

血液型はB型、

だそうです♪

芸能界を目指す

高田さんは、小学生の時、
お笑いに興味を持たれたことから、
芸能界を目指されたそうですが、

数々のオーディションを受けられるも、
どれも不合格。

その後、どういう経緯かは、
分かりませんでしたが、

高校生の時、NHKの俳優養成所「NHK放送劇団」
に入団されたそうです。

「劇団☆新感線」に入団

そして、高校卒業後、高田さんは、
大阪芸術大学芸術学部に入学されるのですが、

学内を、友人の羽野晶紀さんと、
歩いていたところ、

「劇団☆新感線」古田新太さんに、
2人まとめてスカウトされて、
「劇団☆新感線」に入団。

1987年、舞台「阿修羅城の瞳」で、
初舞台を踏まれると、

以降、「劇団☆新感線」の看板女優として、
数多くの作品でヒロインを演じられたのでした。

「乱鶯(みだれうぐいす)」より。

「月影十番勝負」として

また、1995年には、自ら、
演劇ユニット「月影十番勝負」をプロデュース。

このユニットは、
「劇団☆新感線」ではできない新しい試みに、
挑戦しようと、立ち上げられたそうで、

様々な演劇人とタッグを組んで、
毎年1回のペースで2006年まで公演。

月影十番勝負 第十番「約yakusoku束」より。

高田さんは、悪女、恋する女、悲しい女など、
観客の共感を誘うような、様々な女性を、
リアルに演じられています。

また、2008年からは、
「月影番外地」と名前をあらため、
2年に1回のペースで公演を再開。

2016年の公演「どどめ雪」では、
「第51回紀伊國屋演劇賞個人賞」を受賞されるなど、
その演技が高く評価されています。

「どどめ雪」より。

実家は法隆寺!

ところで、高田さんを、「実家」「法隆寺」で、
多くの方が検索されているようです。

で、調べてみると、
なんと、高田さんのご実家は、
法隆寺の中にあるというのです!

「法隆寺」

というのも、高田さんのお父さんは、
第208世管主、聖徳宗第5代管長の、
高田良信(たかだ りょうしん)さんで、

つまりは、法隆寺の僧侶なのです。
(現在は、長老となられているそうです)

ちなみに、お寺には、
ドアが一つもないことから、

高田さんのお母さんが、

夏は廊下に蚊柱が立ち
秋は落ち葉の吹きだまりができる。

と、おっしゃっていたことがあったそうで、

お寺に住むのも、実際には、
なかなか大変そうですね~

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元夫は高杉亘!

そんな高田さんの、
気になる恋愛事情ですが、

高田さんは、2003年12月、
俳優の高杉亘(たかすぎ こう)さんと、
結婚されています。

高杉亘さん

お二人は、1998年、
NHK朝の連続テレビ小説「やんちゃくれ」での、
共演で知り合われ、交際に発展。

その後、同棲を経て、
結婚に至ったそうで、

結婚後の2004年には、
舞台「髑髏(どくろ)城の七人~アオドクロ」で、
夫婦共演を果たされるなど、
仲睦まじいご様子だったのですが、

2006年6月、
結婚からわずか2年半で離婚。

離婚の理由は、お互い仕事が忙しく、
すれ違いの生活が続いたためで、

ケンカ別れではないことから、
離婚後も友人としては、
良い関係が続いているのだそうです。

ちなみに、お二人に、
お子さんはいらっしゃいませんでした。

さて、いかがでしたでしょうか?

「劇団☆新感線」では、抜群の歌唱力と美しい殺陣で、
観客をとりこにされている高田さんですが、

それだけにとどまらず、
自ら新ユニットを立ち上げ、
新境地を開拓されるなど、
お芝居に対する情熱は素晴らしいです。

近年では、舞台出身の俳優さんが、
テレビでブレイクされることも多いので、

高田さんも、今後は、もっと、
テレビドラマへの出演が増えてほしいですね。

今後のご活躍も期待しています!!

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