1963年、23歳の時、「状況劇場」を立ち上げると、詩的でありながら社会の矛盾を鋭く描き出した作品を次々と発表し、アンダーグラウンドカルチャーの旗手として絶大な人気を誇った、唐十郎(から じゅうろう)さん。

今回は、そんな唐十郎さんの若い頃(「状況劇場」以降)から他界されるまでの経歴を時系列でご紹介します。また、最後には、代表作品(戯曲、映画)、出演作品(テレビドラマ)、著書もご紹介します。

唐十郎

「唐十郎の国籍は?生い立ちは?小4で脚本!大卒後劇団シチュエーションの会!」からの続き

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唐十郎は23歳の時に劇団「シチュアシオンの会(シチュエーションの会)」を解散

1963年、23歳の時、劇団「シチュアシオンの会(シチュエーションの会)」を結成し、サルトルの「悲しき娼婦」を上演した唐十郎さんは、

次は、カミュの「正義の人々」をやろうとしたそうですが・・・

翻訳劇ばかりやっていても・・・

という声が内部であがったそうで、

早くも、劇団「シチュアシオンの会(シチュエーションの会)」は解散となったそうです。

唐十郎は23歳の時に「状況劇場」で処女戯曲「24時53分『塔の下』行きは竹早町の駄菓子屋の前で待っている」を上演

それから3ヶ月後の1964年、唐十郎さん(23歳)は、初めて「唐十郎」名義で戯曲「24時53分『塔の下』行きは竹早町の駄菓子屋の前で待っている」を執筆して、劇団「状況劇場」として上演したそうで、

(この時初めて「唐十郎」と名乗ったようです)

その後も、

  • 1964年「渦巻きは壁の中を征く」
  • 1965年「煉夢術」
  • 1965年「ジョン・シルバー」

など、立て続けに上演したそうですが・・・

唐十郎は「状況劇場」で野外劇をするようになっていた

唐十郎さんは、その空間に違和感を覚えていたそうで、

台本がなくても、ポイントだけ押さえ、街中で表現することはできないだろうか

と、野外劇をするようになったといいます。

ただ、唐十郎さんは、真夏の東京駅で、月曜日の朝8時半に、傘をさしながら「働くのはやめましょう」という劇をやって、警官に注意を受けたり、

真冬の数寄席橋で、噴水に張った氷を割って泳ぎながら何かを探すという芝居をやって、役者(大久保鷹さん)が痙攣をおこして大騒ぎになっていたそうで、新聞に報じられていたといいます。

(この時、唐十郎さんは「若い演劇愛好グループ」を率いる「自称演出家」と書かれていたといいます)

唐十郎は26歳の時に「金粉ショー」で「特権的肉体論」を生み出していた

また、唐十郎さん(26歳)は、1966年からは、後に妻となる李麗仙さんら劇団仲間たちと、油を溶かした金粉を全身に塗って裸で踊る「金粉ショーダンサー」として、日本全国のキャバレーを巡っていたそうで、

「金粉ショー」
「金粉ショー」

唐十郎さんは、この、社会の底辺だと思われていた、キャバレーの見世物小屋に出演することで、後に、「特権的肉体論」を生み出したと言われています。

(「特権的肉体論」とは、訓練された強靭な肉体としてではなく、各役者の想像力を、肉体を通して舞台で表現することを目指した演劇論)

唐十郎は27歳の時から新宿・花園神社の境内で”紅テント”公演を行うようになっていた

そして、唐十郎さんは、この「金粉ショー」で貯めた約30万円(現在の貨幣価値で約150万円)でテントを購入し、1967年8月には、新宿の花園神社境内にテントを建てて「腰巻お仙 – 義理人情いろはにほへと篇」を上演しているのですが、

実は、劇団「シチュアシオンの会(シチュエーションの会)」時代に、サルトルの戯曲を上演した時、

なんだ、あのアングラ野郎は

と、批判されていたそうで、

それが悔しくてね。演劇はどこででも成立するという、僕の思想を表現するには、それなりの器が必要だなと思ったんです。

と、テントを購入したのだそうです。

また、そのテントは紅色だったそうですが、それは、テントでの最初の公演が「腰巻お仙 – 義理人情いろはにほへと篇」だったことから、腰巻のイメージで紅色にしたのだそうです。

(女性の腰巻きは紅色だったことから)

「紅テント」
花園神社の紅テント

ちなみに、この公演「腰巻お仙 –義理人情いろはにほへと篇」は、

神社側から

“腰巻”という言葉は下品

とクレームが入り、

一旦は「月笛お仙」と改題したそうですが、1週間ほどで元の「腰巻お仙」に戻したそうです(笑)

「月笛お仙」
「腰巻お仙(月笛お仙)」

唐十郎は排斥運動を受け新宿・花園神社の境内から追い出されていた

こうして、唐十郎さんは、その後も、新宿・花園神社の境内に紅テントを建てて、

  • 「アリババ」
  • 「傀儡版壺坂霊験期」
  • 「由比正雪 -反面教師の巻」

と、上演を続けていたのですが・・・

1968年6月には、ついに、公序良俗に反するとして、地元商店連合会などから排斥運動が起こり、神社側から会場提供を拒絶されてしまったといいます。

唐十郎は「新宿西口公園事件」を起こし逮捕されていた

こうして、新宿・花園神社で上演できなくなった「状況劇場」ですが、

納得のいかない唐十郎さんは、

東口(花園神社)がだめなら西口だ

と、新宿西口中央公園で公演をしようと思い立ち、東京都に許可を申し入れたそうですが・・・

許可はされなかったそうです。

そこで、唐十郎さんは、無許可で、新宿西口中央公園に、ゲリラ的に紅テントを建てて、「腰巻お仙 – 振袖火事の巻」を上演すると、

(劇団員の一部が機動隊を陽動し、その間に、他の劇団員が素早くテントを設営したのだそうです)

上演中、機動隊員に取り囲まれ、テントの壁を蹴られながらも、芝居を続けたそうで、公演終了後、唐十郎さん、李麗仙さん、笹原茂峻(後の笹原茂朱)さんは逮捕され、テントも没収されてしまったのだそうです。

唐十郎は”トラック劇場”を公演していた

そんな唐十郎さんは、その後、李麗仙さん、笹原茂峻(後の笹原茂朱)さんと共に釈放され、テントも返してもらったそうですが、さすがに堪えたそうで、

そんな中、この事件を新聞で知った駐車場のオーナーから、土地を貸してもらえることになり、今度は、新宿西口の駐車場でトラックの荷台を劇場にした”トラック劇場”なるものを始めたのだそうです。

唐十郎は寺山修司の劇団「天井桟敷」を襲撃して再び逮捕されていた

ただ、唐十郎さんは、同年(1969年)には、「少女都市」公演の初日(1969年12月5日)に、寺山修司さんが葬式用の花輪を贈ってきたことから、これに激昂し、1週間後、劇団員を引き連れて、寺山修司さんが率いる劇団「天井桟敷」を襲撃し、寺山修司さんらとともに、再び、逮捕されています。

(寺山修司さんは、唐十郎さん同様、アングラ演劇で活躍していた劇作家で、劇団「天井桟敷」の主宰者でした)

ちなみに、寺山修司さんは、葬式用の花輪を贈ったことについて、

ユーモアのつもりだったが分かってもらえなかった

と、言っていたといいますが、

唐十郎さんはこれに対して、

ユーモアのつもりなら自分で持って来い、そもそも話を聞こうと思って行っただけ。これは殴り込みではない。

と、反論しています。

(そもそも、唐十郎さんが、寺山修司さんの劇団「天井桟敷」の旗揚げ公演の際に、中古の花輪を贈っていたそうなので、寺山修司さんに仕返しされても仕方ないのですが(笑))

唐十郎は30歳の時に「少女仮面」で「第15回岸田國士戯曲賞」を受賞していた

さておき、唐十郎さんは、この年(1969年)、早稲田小劇場にて「少女仮面」を上演すると、

1960年代の少女文化(宝塚歌劇、少女漫画)を演劇表現に取り込み、「アイデンティティ」や「ジェンダー」などを深く掘り下げた先駆的なこの作品は、1970年、「第15回岸田國士戯曲賞」を受賞しています。

ちなみに、この「少女仮面」は、唐十郎さんが1969年に、鈴木忠志さんの早稲田小劇場のために書き下ろした戯曲なのですが、唐十郎さんは、なんと、3日で一気に書き上げたといいます。

(「少女仮面」は、今もなお、多くの人に愛され、また、研究され続けており、日本のアングラ演劇の金字塔として燦然と輝いています)

唐十郎は32歳の時に韓国・ソウルで「二都物語」を無許可で上演していた

その後、唐十郎さんは、海外公演を目指し、1972年3月には、戒厳令下の韓国に渡航して、韓国の抵抗詩人で当時保釈中だった金芝河(キム・ジハ)さんの協力のもと、無許可のまま、ソウルで「二都物語」を上演しています。

そして、帰国後の同年(1972年)4月には、上野の不忍池を朝鮮海峡に見立てて、池のほとりにテントを張り、ここでも、「二都物語」を上演しています。

「二都物語」
「二都物語」より。

ちなみに、この上演では、日本兵を演じる、唐十郎さん、大久保鷹さんらが、冷たい池の中を泳ぎ、ずぶ濡れのまま舞台に上がっており、多くの人々が驚いたそうですが、

唐十郎さんは、

池のほとりにテントを張るのは大変でした。だから、木の根っこにロープを結びつけて、客席だけに屋根をつけたんですね。舞台の下は、水です。役者たちは自分の出番になると、池を泳いで舞台にあがらなくてはなりませんでした。

出番が終わると、バチャーンと、池に飛び込んで去っていくんです。

と、語っています。

唐十郎は33歳~34歳の時にはバングラデシュとレバノンで公演

そんな唐さんは、その後も、全国各地で「二都物語」を公演すると、再び海外へ渡り、1973年には、バングラデシュで、「ベンガルの虎」をベンガル語で上演するほか、

「ベンガルの虎」
バングラデッシュ公演より。

1974年、34歳の時には、レバノン、シリアの、パレスチナ難民キャンプで、「パレスチナの風の又三郎」を、アラビア語で上演しています。

ちなみに、唐十郎さんは、パレスチナ出発前、

私共、状況劇場は、三年前から、韓国そしてバングラディッシュと紅テントを背負って、日本人の深層心理に脈々と流れる悪夢の結節点を、河原者の肉体に依って逆襲来、あるいは演劇化してまいりました。

それはまぎれもなく、今日のアジアで、日本の演劇人である我らに何が出来るか、という問いかけでありました。

しかし、世界がかくも拡散、逆集合されるこの状況に於いて、アジアという範疇に偏ることは意味なく、かえって、アジアでもなく西欧でもない、世界の十字路であるアラブ・パレスチナに、夢と現実のダイナミズムが直截に孕まれていることは、申すまでもありません。

文化とは闘争の結果であり、その記憶のパノラマだと信じる我らは、日本河原乞食として培った紅テント劇場の総体と内容を、パレスチナの人々の前に暴虎馮河の勇気をもって、提出したいと願っております。

と、語っています。

唐十郎は48歳の時に劇団「状況劇場」を解散し劇団「唐組」を立ち上げていた

その後も、唐十郎さんは、舞台上演を続けつつ、数多くのテレビドラマや映画にも出演し、精力的に活動していたのですが、

1988年、(1967年に結婚した)李麗仙さんと離婚したことで、劇団「状況劇場」は解散となっています。

ただ、同年、新たに、劇団「唐組」を立ち上げると、「状況劇場」同様に、作・演出・出演を務め、公演を続けています。

唐十郎は72歳の時に母校・明治大学文学部の客員教授に就任していた

また、唐十郎さんは、その後、1997年10月には、横浜国立大学教授に就任すると、「舞台芸術論」について講義をしたり、学生らの劇団「唐ゼミ」を指導しています。

(2005年3月、定年により退官しています)

そして、近畿大学客員教授を経た、2012年4月には、母校である、明治大学文学部の客員教授にも就任しています。

唐十郎
明治大学での初講義より。三つ編み&片耳マスクの出で立ちで、テント内で熱唱する唐十郎さん。

唐十郎は72歳の時に「外傷性脳内血腫」と「脳挫傷」で会話が難しい状態になっていた

しかし、2012年5月26日、唐十郎さん(72歳)は、自宅前で転倒した際に頭部を強打し、救急車で病院に搬送されると、「外傷性脳内血腫」「脳挫傷」と診断されてしまいます。

そして、8ヶ月の入院の末、退院すると、リハビリに励み、2015年には、著書「ダイバダッタ」を発表するまでに回復したそうですが・・・

2016年9月時点では、正常な会話が難しい状態だったといいます。

唐十郎の死因は?

そんな唐十郎さんは、以降、第一線から退き、役者として舞台に立つことはなかったのですが、「状況劇場」や劇団「唐組」の舞台映像をよく見ていたといいます。

また、次男の大鶴佐助さんが舞台に立つようになると、客席で涙を流していたといいます。

そして、2020年には「劇団唐ゼミ☆」公演のカーテンコールに登場すると、「よかった!」と笑顔で語っていたのですが・・・

2024年5月1日、再び自宅で転倒して救急搬送され、入院すると、

同年(2024年)5月4日午後9時1分、入院先の東京都中野区内の病院で、急性硬膜下血腫により、84歳で他界されたのでした。

唐十郎の作品(戯曲)

それでは、最後に、唐十郎さんの作品をご紹介しましょう。

劇作家・演出家としての作品(戯曲)では、

  • 1964年「24時53分『塔の下』行きは竹早町の駄菓子屋の前で待っている」
  • 1964年「渦巻きは壁の中をゆく」
  • 1965年「街頭劇 ミシンとこうもり傘の別離」
  • 1965年「煉夢術−白夜の修辞学或いは難破船の舵をどうするか」
  • 1965年「月笛葬法」
  • 1965年「淫劇ジョン・シルバー」
  • 1966年「腰巻お仙の百個の恥丘」
  • 1966年「アリババ」
  • 1966年「腰巻お仙 忘却篇」
  • 1967年「時夜無銀髪風人(ジョン・シルバー)」
  • 1967年「ジョン・シルバー 新宿恋しや夜鳴篇」
  • 1967年「腰巻お仙 義理人情いろはにほへと篇」
  • 1968年「由比正雪」
  • 1968年「続ジョン・シルバー」
  • 1969年「腰巻お仙 振袖火事の巻」
  • 1969年「少女仮面」
  • 1969年「少女都市」
  • 1970年「ジョン・シルバー 愛の乞食篇」
  • 1971年「吸血姫」
  • 1971年「あれからのジョン・シルバー」
  • 1972年「二都物語」
  • 1972年「鐵假面」
  • 1973年「ベンガルの虎 白骨街道摩伝」
  • 1973年「盲導犬」
  • 1973年「海の牙−黒髪海峽篇」
  • 1974年「唐版 風の又三郎」
  • 1974年「ガラスの少尉」
  • 1974年「夜叉乃想」
  • 1975年「唐版 滝の白糸」
  • 1975年「腰巻おぼろ 妖鯨篇」
  • 1975年「糸姫」
  • 1976年「下町ホフマン」
  • 1976年「ハーメルンの鼠」
  • 1976年「おちょこの傘持つメリー・ポピンズ」
  • 1976年「恋と蒲団」
  • 1977年「蛇姫様 我が心の奈蛇」
  • 1977年「唐版 俳優修業」
  • 1978年「六号室」
  • 1978年「ユニコン物語 台東区篇」
  • 1978年「河童」
  • 1979年「唐版 犬狼都市」
  • 1979年「青頭巾」
  • 1979年「ふたりの女」
  • 1980年「女シラノ」
  • 1980年「鉛の心臓」
  • 1981年「下谷万年町物語」
  • 1981年「お化け煙突物語」
  • 1981年「黄金バット 幻想教師出現」
  • 1982年「新・二都物語」
  • 1982年「秘密の花園」
  • 1983年「住み込みの女」
  • 1983年「黒いチューリップ」
  • 1984年「あるタップダンサーの物語」
  • 1985年「ジャガーの眼」
  • 1985年「御注意あそばせ」
  • 1985年「少女都市からの呼び声」
  • 1985年「ビニールの城」
  • 1986年「ねじの回転」
  • 1987年「湯毛の中のナウシカ」
  • 1988年「さすらいのジェニー」
  • 1988年「逢魔が恋暦」
  • 1989年「電子城−背中だけの騎士」
  • 1990年「セルロイドの乳首」
  • 1990年「透明人間」
  • 1991年「電子城II−フェロモンの呪縛」
  • 1992年「ビンローの封印」
  • 1992年「虹屋敷」
  • 1993年「桃太郎の母」
  • 1993年「動物園の消える日」
  • 1994年「匂ひガラス」
  • 1994年「孤島」
  • 1994年「裏切りの街」
  • 1995年「人さらい」
  • 1996年「模造石榴」
  • 1996年「赤い靴」
  • 1997年「ジャガーの眼 サラマンダ直し版」
  • 1997年「海の口笛 渡り海女の伝えより」
  • 1998年「汚れちまつた悲しみに……」
  • 1998年「秘密の花園 改訂版」
  • 1998年「マラカス−消尽−」
  • 1999年「眠り草」
  • 2000年「夜壺」
  • 2000年「鯨リチャード」
  • 2000年「闇の左手」
  • 2001年「水中花」
  • 2002年「糸女郎」
  • 2002年「虹屋敷 改訂版」
  • 2003年「泥人魚」
  • 2003年「河童 改訂版」
  • 2004年「津波」
  • 2004年「眠りオルゴール」
  • 2005年「鉛の兵隊」
  • 2005年「カーテン」
  • 2005年「風のほこり」
  • 2006年「紙芝居の絵の街で」
  • 2007年「行商人ネモ」
  • 2008年「夕坂童子」
  • 2009年「黒手帳に頬紅を」
  • 2010年「百人町」
  • 2010年「姉とおとうと」
  • 2011年「ひやりん児」
  • 2011年「西陽荘」
  • 2012年「海星」
  • 2012年「木馬の鼻」

唐十郎の作品(映画)

監督・原作・脚本・出演した作品(映画)では、

唐十郎の出演作品(テレビドラマ)

出演作品(テレビドラマ)では、

  • 1973年「恐怖劇場アンバランス」第4話
  • 1978年「黄金の日日」
    「黄金の日日」
    「黄金の日日」より。
  • 1991年「世にも奇妙な物語『ニュースおじさん』」
  • 2002年「北の国から2002 遺言」
  • 2003年「ヤンキー母校に帰る」
  • 2004年「海峡を渡るバイオリン」
  • 2007年「京都地検の女・第4シリーズ」
  • 2008年「天河伝説殺人事件」
  • 2009年「松本清張生誕100年記念作品・駅路」
  • 2010年「世にも奇妙な物語 20周年スペシャル・春 人気番組競演編『ニュースおじさん、ふたたび』」
  • 2010年「ハンチョウ〜神南署安積班〜第3シリーズ」
    「ハンチョウ〜神南署安積班〜第3シリーズ」
    「ハンチョウ〜神南署安積班〜第3シリーズ」より。唐十郎さん(左)と佐々木蔵之介さん(右)。
  • 2011年「王様の家」

などに、出演しています。

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唐十郎の著書

また、唐十郎さんは、

  • 「腰巻お仙 附・特権的肉体論」(1968年、現代思潮社)
  • 「ジョン・シルバー」(1969年、天声出版)
  • 「謎の引越少女」(1970年、学芸書林)
  • 「少女仮面 唐十郎作品集」(1970年、学芸書林)
  • 「河原者の唄」(1970年、思潮社)
  • 「煉夢術」(1971年、中央公論社)
  • 「吸血姫」(1971年、中央公論社)
  • 「日本列島南下運動の黙示録」(1972年、現代思潮社)
  • 「少女と右翼 満州浪人伝」(1972年、徳間書店)
  • 「ベンガルの虎」(1973年、新潮社)
  • 「二都物語・鐡仮面」(1973年、新潮社)
  • 「わが青春浮浪伝」(1973年、講談社)
  • 「ズボン」(1973年、大和書房)
  • 「紅疾風」(1974年、学芸書林)
  • 「唐版・風の又三郎」(1974年、角川書店)
  • 「夜叉綺想」(1974年、新潮社)
  • 「盲導犬」(1974年、角川文庫)
  • 「幻のセールスマン」(1974年、角川書店)
  • 「魔都の群袋」(1974年、潮出版社)
  • 「腰巻おぼろ 妖鯨篇」(1975年、角川書店)
  • 「唐版滝の白糸」(1975年、角川文庫)
  • 「風にテント胸には拳銃」(1976年、角川書店)
  • 「おちょこの傘持つメリー・ポピンズ」(1976年、角川書店)
  • 「蛇姫様」(1977年、中央公論社)
  • 「唐版・俳優修業」(1977年、角川書店)
  • 「海星・河童-少年小説」(1978年、大和書房)
  • 「乞食稼業 対談集」(1979年、冬樹社)
  • 「唐十郎全作品集」(1979年-1980年、冬樹社)
  • 「調教師」(1979年、中央公論社)
  • 「風に毒舌 第一エッセイ集」(1979年、毎日新聞社)
  • 「唐版犬狼都市」(1979年、北宋社)
  • 「女シラノ」(1980年、白水社)
  • 「豹の眼 第二エッセイ集」(1980年、毎日新聞社)
  • 「沼・ふたりの女」(1980年、漂流堂)
  • 「下谷万年町物語」(1981年、PARCO出版)
  • 「黄金バット・お化け煙突物語」(1981年、河出書房新社)
  • 「新・二都物語,鉛の心臓」(1982年、新評社)
  • 「佐川君からの手紙-舞踏会の手帖」(1983年、河出書房新社)
  • 「唐十郎血風録」(1983年、文藝春秋)
  • 「御注意あそばせ」(1983年、河出書房新社)
  • 「サンドイッチマン」(1983年、大和書房)
  • 「安寿子の靴」(1984年、文藝春秋)
  • 「マウント・サタン」(1984年、河出書房新社)
  • 「紙女房 楼閣興信所通信」(1986年、文藝春秋)
  • 「毀れた模写 文芸時評」(1986年、福武書店)
  • 「ねじの回転」(1986年、サンケイ出版)
  • 「フランケンシュタインの娘」(1987年、福武書店)
  • 「シェイクスピア幻想 道化たちの夢物語」(1988年、PARCO出版局)
  • 「さすらいのジェニー」(1988年、福武書店)
  • 「電気頭」(1990年、文藝春秋)
  • 「蠱惑への傾斜」(1991年、河出書房新社)
  • 「透明人間」(1991年、白水社)
  • 「電子城 2」(1991年、白水社)
  • 「オルゴールの墓 劇団第七病棟」(1992年、リブロポート)
  • 「桃太郎の母」(1993年、徳間書店)
  • 「青春牡丹灯籠」(1993年、集英社)
  • 「海ほおずき」(1995年、文藝春秋)
  • 「水の廊下」(1995年、エー・ジー)
  • 「雨月の使者」(1996年、エー・ジー出版)
  • 「少女仮面・唐版風の又三郎」(1997年、白水社)
  • 「特権的肉体論」(1997年、白水社)
  • 「幻想劇場」(1997年、朝日新聞社)
  • 「きみと代わる日 唐版とりかえばや物語」(1998年、主婦と生活社)
  • 「秘密の花園」(1998年、沖積舎)
  • 「蛇行」(2000年、新潮社)
  • 「泥人魚」(2004年、新潮社)
  • 「ガラスの使徒」(2005年、アートン)
  • 「劇的痙攣」(2006年、岩波書店)
  • 「風のほこり」(2006年、右文書院)
  • 「唐十郎コレクション」(2007年-2008年、右文書院)
  • 「夕坂童子」(2008年、岩波書店)
  • 「朝顔男」(2009年、中央公論新社)
  • 「唐十郎 わが青春浮浪伝 人間の記録」(2012年、日本図書センター)
  • 「唐組熱狂集成 迷宮彷徨篇」(2012年、ジョルダンブックス)
  • 「唐組熱狂集成 流体の囁き篇」(2012年、ジョルダンブックス)
  • 「ダイバダッタ」(2015年、幻戯書房)

ほか、

共著でも、

  • 「汗のドレス」(1986年、河出書房新社)※島田雅彦さんとの対談
  • 「芸術ウソつかない」(2001年、平凡社)※横尾忠則さんとの対談集
  • 「教室を路地に! 横浜国大vs紅テント2739日」(2005年、岩波書店)※室井尚さんとの共著
  • 「唐十郎 紅テント・ルネサンス!」(2006年、河出書房新社)

と、数多くの著書を出版しています。

「唐十郎の前妻・李麗仙との馴れ初めは?離婚理由は?再婚相手は?」に続く

唐十郎の劇団唐組、鬼子母神で紅テント「「ひやりん児」公演」

お読みいただきありがとうございました

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