お父さんが俳優の神田正輝さん、お母さんがトップアイドルの松田聖子さんという超有名人を両親に持つ、神田沙也加(かんだ さやか)さんですが、両親が離婚後は、自由奔放だったお母さんに振り回される生活を送られていたといいます。

「神田沙也加の母親は松田聖子!父親は神田正輝!祖母は?」からの続き

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両親が有名人のため生まれる前から注目される

沙也加さんは、俳優の神田正輝さんと歌手の松田聖子さんの長女として誕生すると、両親が有名人、特に、母親がトップアイドルということで、生まれる前(聖子さんが妊娠中)から日本中の期待を集め、幼い頃から、様々な雑誌に掲載されます。

特殊な環境で育つ

そのため、沙也加さんは、小学生の時から、お母さんである聖子さんに、パパラッチから逃れるために、相手がどのようなことをしてきたら違法になるかなど法律を勉強させられていたほか、

林間学校には、聖子さんのマネージャーが同行、聖子さんが沙也加さんの運動会に来る時には、学校側が警備員を配備していたそうです。

また、沙也加さんは、学校では、聖子さんのコンサートチケットやサインを頼まれるなど、有名人の娘として、特殊な環境で育ったのでした。


小学校の運動会にて。お母さんの松田聖子さんと沙也加さん。

両親の離婚で全寮制の中学校入学

そんな沙也加さんは、忙しいお母さんの代わりに、おばあちゃん(聖子さんのお母さん)に、厳しくも愛情いっぱいに育てられたそうですが、沙也加さんが10歳の時、両親が離婚してしまいます。

それでも、沙也加さんは、変わらず、のびのびと育っていったのですが、1998年、小学校卒業後は、中高一貫の私立校へ進学する予定が、入学直前に、急遽、聖子さんが仕事のため、アメリカに拠点を移すことが決まり、沙也加さんも、聖子さんとともに渡米するか選択を迫られます。

ただ、聖子さんが、歯科医の波多野浩之さんと再婚(予定)されていたことから、

継父と一緒に行くことが当時の私にはすごく抵抗があったんですね

と、沙也加さんは、自分でいろいろと考えた結果、寮に入ることを決意されたのでした。

(厳密には、聖子が波多野さんと結婚したのは1998年5月で、渡米は同年4月なので、この時点では結婚はされていません。)

寮で壮絶なイジメに遭う

こうして、神田さんは、当初、入学するはずだった中高一貫の私立校ではなく、別の私立の名門中学校で寮生活を送ることになったのですが・・・

有名人の娘ということで、壮絶なイジメに遭ってしまいます。

それは、下着を盗まれて見世物にされたり、夕食を終えて自室に戻ると、布団がびしょびしょに濡らされていて、眠ることができなかったり、といった陰湿なものだったそうで、

沙也加さんは、やがて、逃げ場のない寮のイジメに耐えかね、血縁関係のない親戚の家から、通学生として通うことになります。

(自宅に戻らなかったのは、聖子さんのスキャンダルが原因だと言われています。)

しかし、それでも、相変わらずイジメは続いたそうで、最終的には、沙也加さんは、聖子さんが暮らすロスへ行き、現地の学校に編入したのでした。

再び帰国し転校を4回も繰り返す

しかし、今度は、英語が全然分からなかったことから周りに溶け込めず。

そんな中、お母さんの聖子さんが頼みの綱だったそうですが、聖子さんがコンサートツアーやディナーショーで家を空ける時には、一緒に暮らすようになってまだ日が浅い継父と、二人きりで一緒に過ごさなければならなかったそうで、

やがて、沙也加さんは、そんな生活に限界を感じて、再び、聖子さんと離れ、帰国すると、日本の中学校に再編入。

沙也加さんは、

正直辛いことしかなかったです。結局4回転校を繰り返しました。

と、当時の苦しかった胸の内を明かされています。

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大地真央を見て舞台女優に憧れるように

ちなみに、沙也加さんは、家にも学校に馴染めないロサンゼルスでの生活の中、紹介された大地真央さんの舞台「風と共に去りぬ」を観ると、とても感激したそうで、以降、大地さんの舞台は欠かさず見るほどの大ファンとなり、自身も舞台女優に憧れるようになっていたそうで、

1999年8月、13歳の時、親に内緒で、デビッド・グリーンスパン監督の短編映画「ビーン・ケーキ(おはぎ)」のオーディションを受けられると、見事ヒロインに選ばれています。

「神田沙也加は昔アイドル歌手デビューするもパッとしなかった!」に続く

「ビーン・ケーキ(おはぎ)」より。左が沙也加さん。

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