浜村淳の「ありがとう浜村淳です」が約50年も続いている秘訣とは?


1964年、活動の拠点を東京から関西に移すと、やがて自身の芸風を確立し、数多くのラジオやテレビで司会を務めるなど、まるで水を得た魚のような快進撃を続けた、浜村淳(はまむら じゅん)さん。この後、いよいよ、後に浜村さんのライフワークとなる番組がスタートします。

「浜村淳は若い頃に東京から関西に戻って独特の芸風を確立していた!」からの続き

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ラジオ「ありがとう浜村淳です」で人気パーソナリティとしての地位を確立

1964年、東京での活動に限界を感じ、関西に戻ってきた浜村さんですが、やがて、標準語を京都弁に近い関西訛りでゆっくり話す芸風で人気を博すと、

1974年、39歳の時には、大阪・MBSラジオ「ありがとう浜村淳です」のパーソナリティで、音楽、映画、時事ネタを、関西訛りにダジャレや比喩を交えながら、浜村節全開で語り、一躍、人気パーソナリティとしての地位を確立。

以降、「ありがとう浜村淳です」は47年間も続く人気シリーズとなっています。(2021年現在)

「ありがとう浜村淳です」のスタートの経緯

ちなみに、この「ありがとう浜村淳です」、もともとは、朝日放送で人気を博していた、中村鋭一さんの「おはようパーソナリティ」に対抗しようと、毎日放送が浜村さんに依頼したのが始まりだったそうで、

浜村さんは、

中村さんは、一時、朝日新聞の記者も務められて見識が広いし、話もおもしろくて、(毎日放送は)何をやっても勝てず、ついに私のところに番組の話が来た

当時、私は土曜の朝に番組をやってて、聴取率が良かったこともあったんですね。そしたら毎日放送は、月-金と言いたいところやが、土曜は今でもやってるから、月-土でやってくれと無茶を言う。

私、いっぺん中村さんに相談したんです。そしたら「やれるとこまでやってみ」と言われました。でも最初は気が重かったです。初めは「1年」という約束でした。

しかし、それが結局、43年(2018年)になってしまったのが本当のところ。一部のリスナーの方は、親・子・孫の3世代で聞き続けてると応援してくださいます

と、出演の経緯を明かされています。

「ありがとう浜村淳です」が長く続いた理由

そして、「ありがとう浜村淳です」がここまで続いた理由については、

僕が何で「ありがとう浜村淳です」を始めたかというと、ラジオはテレビより下にみられますから、テレビに負けないように面白い番組をつくろうというのが主旨だったんです。

テレビは映像があり、華やかでカラフルで楽しい。しかしラジオは「話芸一本」です。テレビでは〝一発屋さん〟ているでしょ。パッと売れて、すぐに忘れられる芸人さんです。ラジオは地味に毎日、ぼそぼそとしゃべっている。だからラジオの一発屋というのは聞きません。

と、ラジオの仕事は地味だからだと語っておられるのですが、

浜村さんは、朝8時~10時半(土曜日は11時半)放送の「ありがとう浜村淳です」のため、夜10時就寝の朝5時起きで、朝の6時に毎日放送入りして、2時間かけて準備をしてから(一般紙からスポーツ紙まですべてに目を通し、その日の話題を考えるそうです)、本番に臨まれているほか、

一度、放送がスタートすると、ノンストップで話し続けなければならないため、声を維持するために、仕事以外ではなるべく話さないようにされているそうで、そんな地道な積み重ねが、長きに渡る人気に貢献したことは間違いありません。

また、浜村さんは、

続けてこられた理由のひとつは、楽しくやってきたからでしょうね。何事も楽しまないと長続きしませんから

とも、語っておられるのですが、これもロングヒットの大きな要因の一つに違いないでしょう。

映画サロン

ところで、この「ありがとう浜村淳です」、土曜日には、約40分に渡って映画を解説するコーナー「映画サロン」があり、浜村さんの映画評論は、とてもきめ細かいうえ、まるで映像が目の前に浮かんでくるような語り口調であることから、リスナーに好評なのですが、

浜村さんは、40分間ずっとしゃべり続けていることについて、

台本はないですし、メモ書きも用意してないんです。

1955年から2002年まで、視聴者参加型の公開演芸合戦番組「素人名人会」が毎日放送で放送されていました。歌詞を見ながら歌う出場者が多くて、審査員の大久保怜 先生が「それは歌ではなくて、読んでるんだ。自分の言葉にして歌いなさい」とおっしゃっていて。

映画や歴史を語る際、台本やメモを見ながら喋っているようでは相手に感情が伝わりません。「歌は語るように」、「語りは歌を歌うように」という言い伝えがあって、話す前には必ず内容を頭に入れて、講談師が張り扇を叩きながら語るように話すことを心がけています。

と、秘訣を語っておられます。

そして、特に、映像を描写する際には、

その時の景色や服装を思い浮かべながら喋ります。例えば「春先の太陽が燦々と降り注いでいる花畑で、二人はデートをしておりました。その時彼は◯◯な服装をしていました」と、イメージできるように話さないといけません。

歴史の場合はそこまで言う必要はありませんが(笑)。聴いて楽しく、語る方も楽しいという方針でいます。

と、明かされていました。

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映画解説はオチまで全部しゃべってしまう?

そんな「映画サロン」ですが、浜村さんが「オチまで言ってしまう」ともっぱらの噂です。

これについて、浜村さんは、

それは番組によく遊びに来てくれる是枝裕和監督が言い始めたんですよ(笑)。監督が「浜村さんの番組に出るの、あんまり好きじゃないんですよ」っておっしゃるんです。

理由を尋ねると、「だって、浜村さんは映画の結末を全部喋るから(笑)」と返ってきました。僕自身、結末は言っているつもりは全然なくて。稀に喋っちゃうことがありますけどね。

そんな会話を笑いながら収録していましたが、そのやりとりが一人歩きしてるみたいです(笑)。放送中はオチを言わずに解説の途中で切り上げて「あとは映画を観てください!」と伝えています。

と、否定されているのですが・・・

実際のところ、ほぼほぼ全部話しておられます(笑)

(聞いたことがない方は、是非、確認してみて下さい♪)

「浜村淳は昔ソフィアローレンにセクハラしていた?」に続く

映画より面白い浜村さんの映画解説♪

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