クリント・イーストウッドは少年時代から西部劇が大好きだった!


イングランド系のお父さんとアイルランド系のお母さんのもとに誕生すると、幼い頃は、お父さんの仕事の関係で、北カリフォルニアを転々としたという、クリント・イーストウッド(Clint Eastwood)さんですが、当時は、「世界恐慌」の真っ只中で、両親は相当、苦労されていたようです。

「クリント・イーストウッドの生い立ちは?巨大な赤ちゃんだった!」からの続き

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幼少期は世界恐慌で貧乏も・・・

幼い頃は、お父さんの仕事の関係で、北カリフォルニアを転々としていたというイーストウッドさんですが、

私は世界恐慌の初めに生まれた。とはいえ5~6歳の頃のことは何もわからない。両親が食うにも困っていることに気づいていなかったんだ、自分たちが飢えても妹と私には食べさせてくれたからね。

社会の状況を理解できる年齢になって初めて、両親がいかに苦労したかを理解して、感謝の気持ちでいっぱいになったよ。子ども時代は転々と引っ越しをしていて、半年ごとに移動することもあった。

以前の町に戻ると何もなかったりしたよ、ガソリンスタンドくらいだった。この間の不景気なんて当時と比べたら大したことじゃない。

と、「世界恐慌」(深刻な経済恐慌)の真っ只中だったにもかかわらず、両親のお陰で何不自由なく育ったそうです。

少年期は裕福

そして、イーストウッドさんが10歳の頃には、「世界恐慌」も明け、両親の苦労の甲斐あってか、ピードモントという裕福な土地に移り、イーストウッドさんは成人するまで同地で裕福に暮らしており、

イーストウッドさんの元恋人である、女優のソンドラ・ロックさんは、

彼の家は決して貧しくはありませんでした。イーストウッド家は町の豊かな地区(ピードモント)に暮らし、家にはプールがあり、家族一人一人が車を所有しており、カントリークラブにも加入していました

と、語っています。

少年時代から西部劇が大好きだった

そんなイーストウッドさんは、(当時はまだテレビがなかったことから)映画で西部劇を観るのが大好きで、

(銃を片手に馬にまたがるヒーロー像は、当時の子どもたちの憧れだったそうです)

特に、ゲイリー・クーパーさん、ジェームズ・スチュワートさん、ジョン・ウェインさん、ロッド・キャメロンさんなどが出演するB級ウエスタンが大好きだったそうで、

イーストウッドさんは、西部劇の魅力について、

現実逃避じゃないかな、別の時代の別の世界にひたれるから。法律がまだない時代は、個人の裁量ですべてが決まったんだ。現代社会では不可能だが憧れるんだろうね。

と、この少年期の経験が、後の映画製作の礎となっているようです。


西部劇「西部の男」に出演時のゲイリー・クーパーさん。

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15歳の時ピアノを弾くアルバイトを始める

また、イーストウッドさんのお母さんは、ジャズ・ピアニストのファッツ・ウォーラーさんのファンだったそうで、イーストウッドさんも、そんなお母さんの影響を受け、少年時代からジャズに親しみ、ピアノやフリューゲル・ホーンを演奏すると、15歳の時には、オークランドのクラブで、ラグタイムやブルースをピアノで弾くアルバイトを始めたそうで、

同時期、レスター・ヤングさん、コールマン・ホーキンスさんなど、東海岸から来た大物ミュージシャンたちの演奏を見る機会に恵まれると、ある日、ジャズ・ミュージシャン、チャーリー・パーカーさんの生演奏を聴き、その素晴らしい演奏に衝撃を受けたそうで、


チャーリー・パーカーさん。

イーストウッドさんは、後に、

チャーリー・パーカーのあまりに独創的な演奏と驚異的なテクニックをいつまでも忘れることができなかった

と、語っています。

(イーストウッドさんは、なぜ、チャーリー・パーカーさんがあんな素晴らしい演奏ができたのか、その秘密に迫りたいとの思いから、1988年、チャーリー・パーカーさんの音楽と生涯を描いた伝記映画「バード」を製作されています)

「クリント・イーストウッドは高校を中退し職を転々としていた!」に続く

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