1957年、「女が事件にからむ時」で映画デビューして以来、2017年に引退するまで、60年も活躍し続けた、アラン・ドロン(Alain Delon)さん。今回は、そんなドロンさんの知られざる生い立ちについてご紹介します。

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年齢は?出身は?身長は?本名は?

アラン・ドロンさんは、1935年11月8日生まれ、
フランス共和国オー=ド=セーヌ県ソーのご出身、

身長180センチ、

本名は、アラン・ファビアン・モーリス・マルセル・ドロン(Alain Fabien Maurice Marcel Delon)

学歴は、
聖ニコラ修道学校中等部中退、

ちなみに、ドロンさんは、大の格闘技好きで、自ら格闘技の興行を主催したこともあるそうです。


幼少期のドロンさん。

幼少期は両親が離婚し母親からも継父からも邪魔者扱いされていた

ドロンさんは、映画館「Regina」を経営するお父さんファビアン・ドロン(Fabien Delon)さんと、お父さんの映画館を手伝う、お母さんエディット・アーノルド(Edith Arnold)さんのもと、長男(一人っ子)として誕生するのですが、1939年、ドロンさんが4歳の時には、両親が離婚。

ドロンさんは、お母さんと暮らし始めるのですが、お母さんは、離婚した直後に、肉屋のポール・ブローニュさんと再婚すると、1943年、8歳の時には、異父妹・ポール・エディットさんが誕生。

すると、お母さんは、この娘だけを溺愛し、ドロンさんは邪魔者扱いされたそうで、1944年、9歳の時には、聖ニコラ修道学校の寄宿学校へ入れられてしまいます。

(また、ドロンさんは、継父と折り合いが悪く、8歳の一時期には、すでに退職していたネロ(Nereau)夫婦のもとへ里子に出されていた時期もあったそうです。ただ、ネロ夫婦はとても愛情深く接してくれたそうで、ドロンさんは、この二人のことを、いつも本当の家族だと思っていたそうです)

中学中退後は家業を継ぐため肉屋で修業

そんなドロンさんは、1949年、14歳の時には、寄宿学校の仲間と共に寮を抜け出し、ヒッチハイクでボルドーへ向かっているところを見つかり、警察に引き渡されるなど、たびたび問題を起こし、学校を3回も追放されるなど、問題児だったようで、1950年、15歳の時には、聖ニコラ修道学校中等部を中退。

すると、ドロンさんが学校に向いていないと判断した両親は、ドロンさんに家業を継がせることにしたそうで(ドロンさんもそれが嫌ではなかったため)、ドロンさんは、義父・ポールさんにパテやソーセージの製造を学ぶなど、肉屋になるため、熱心に勉強を始め、

それから1年後には、ハムの「C.A.P(肉屋の訓練学校の卒業証書で、豚肉加工業適正証書)」を受け取ると、ポールさんの肉屋で働き始め、ほどなくして、ソーセージ店に就職したのですが・・・

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海軍へ入隊するもクビになる

1952年、17歳の時には、テストパイロットの募集広告を見つけ、パイロットを夢見て応募すると、最終的に海軍へ入隊。

マルセイユより貨物船に乗せられると、第一次インドシナ戦争へ従軍するため、インドシナ(サイゴン)に送られたのでした。

(この時、両親は大喜びしたそうで、ドロンさんは、またしても、自分を厄介払いできたと喜ぶ両親を憎んだそうですが、特に母親へ不信感を募らせ、このことが、後々、女性不信へとつながっていったそうです)

しかし、ドロンさんは、ここでもしばしば規律に違反し、1955年、20歳の時には、軍のジープを無許可で持ち出して町へ出かけ、交通事故を起こしたことで除籍となり、翌年の1956年、21歳の時には、本国・フランスに送還されてしまったそうで、

ドロンさんは、後に、この時のことを、

仲間とバカなことをし、クビになった

と、語っています。

「アラン・ドロンは若い頃ハリウッドにスカウトされるも断っていた!」に続く

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