4歳の時に両親が離婚し、母親と暮らし始めると、母親が再婚し、母親と継父から邪魔者扱いされ、孤独で荒んだ少年時代を送った、アラン・ドロン(Alain Delon)さんですが、パリで、チンピラのような生活を送る中、大きな運が巡ってきます。
「アラン・ドロンの生い立ちは?幼少期は両親が離婚し邪魔者扱いされていた!」からの続き
帰国後はヒモでチンピラのような暮らし
1957年、20歳の時、海軍に入隊するも、軍のジープを無許可で持ち出して町へ出かけ、交通事故を起こしたことで除籍となってしまったドロンさんは、翌年には、本国・フランスに送還されるのですが、
帰国後は、サイゴンで手に入れた銃を不法所持していたことから、今度は刑務所送りに。
そして、45日間の収監後、出所すると、パリの歓楽街ピガールのロシュシュアール大通りの安ホテルに落ち着き、やがては、ピガールを去り、シャンゼリゼにある、カフェ「ル・コリス(Le Colisee )」に勤め始めたそうですが、
ここも、数日で辞めると、次は、「レ・アール(Les Halles)」の市場で深夜に野菜の運搬をするなど、職を転々としたそうです。
(女性にモテたことから、ヒモでチンピラのような暮らしをしていたそうです)
交際相手の女優ブリジッド・オーベールにカンヌに連れて行かれる
そんな日々に、ドロンさんは何をしていいかか分からず、途方に暮れていたそうですが、そんな中、1957年、22歳の時、パリで、女優のブリジッド・オーベール(Brigitte Auber)さんと知り合うと、たちまち恋に落ち、交際するようになったそうです。
そして、ある日、オーベールさんが、
カンヌに連れていってあげるわ
と、言ったことから、
ドロンさんが、
カンヌで何があるの?
と、聞き返すと、
オーベールさんは、
カンヌで映画祭が開催されるから歩いてみたら。あなたほどの美貌なら、監督の誰かから声が掛かるかもしれない
と、言ったそうで、
ドロンさんは、オーベールさんについてカンヌに行くことに。
ハリウッドの一流エージェントにスカウトされるも断っていた
そして、カンヌでは、オーベールさんに言われたとおり、歩いていると、
あなたはどんな映画に出ているのか?
と、本当にいろいろな人に声をかけられ、
ハリウッドの一流エージェント、ヘンリー・ウィルスンさんからは、
君はいい体をしている
と、スカウトされたそうで、
ウィルスンさんにプロデューサーのデヴィッド・O・セルズニックさんを紹介してもらうと、その3日後には、ローマのチネチッタ撮影所で、映画「武器よさらば」撮影中のセルズニックさんを訪ねて行き、そこでスクリーンテストを受けると、見事合格。
ドロンさんは、セルズニックさんに気に入られ、アメリカでの成功に太鼓判を押されると、英語の習得を条件に7年間の契約を持ちかけられたのですが・・・
ドロンさんは、
私はフランス人なので、まずはフランスで勝負をしたい
と、国内でキャリアを積むことを選び、このスカウトを断ったのだそうです。
「アラン・ドロンは若い頃ズブの素人で映画デビューしていた!」に続く