1969年、22歳の時、テレビドラマ「もうれつ大家族」で俳優デビューして以来、司会、タレント、歌手としても活動しつつ、俳優としても活動を続けている、井上順(いのうえ じゅん)さんですが、
この「もうれつ大家族」で、森光子さんに優しく声をかけてもらい、その後の交流で役者として大切なことを学んだといいます。
今回は、井上順さんの、森光子さんとの出会い・交流などを、エピソードを交えながらご紹介します。

「井上順が「夜のヒットスタジオ」降板後に芳村真理と共演しなかった理由とは?」からの続き
井上順の森光子との出会いはテレビドラマ「もうれつ大家族」での共演
井上順さんが森光子さんと出会ったのは、1969年、22歳の時、テレビドラマ「もうれつ大家族」での共演だったそうで、
この「もうれつ大家族」が俳優デビュー作だった井上順さんは、江守徹さん、宍戸錠さん、水前寺清子さんといった錚々(そうそう)たる共演者の中で緊張しきっていたそうですが、主演の森光子さんが優しく声をかけてくれたといいます。
そんな森光子さんは、大女優然としたところがなく、常に腰が低い人だったそうですが、
(井上順さんは、それは、森光子さんが、戦後、進駐軍のキャンプで歌手として活動するなど苦労を重ねてきたからではないかと思っているそうです)
一方で、好奇心旺盛で、茶目っ気たっぷりな一面もあったそうで、
順ちゃんは、いつもどこで遊んでいるの?
と、聞かれ、
井上順さんが、いきつけの店やディスコへ案内し、共に踊り明かすこともあったといいます。
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井上順は森光子に芝居に関する悩みを打ち明けていた
こうして、森光子さんと交流を持つようになった井上順さんは、
ある時、森光子さんに、
お芝居のことが分からないんです
と、打ち明けたことがあったそうですが、
森光子さんは、
一つはセリフを覚えてくること。もう一つは遅刻しないこと
と、とてもシンプルなアドバイスをしてくれたそうです。
とはいえ、井上順さんは、最初は、
そんなこと?
と、思ったそうですが、
やがて、キャリアを重ねるうちに、
セリフをきちんと覚えておくと、相手役のセリフについても考察し、役に対する理解を深められる。ゆとりを持って現場入りすれば、やるべきことを頭の中で整理し、スタッフの動きも見えてくる
と、気づき、
とても深いことを教えてもらったと実感するようになったといいます。
ちなみに、井上順さんは、今でも、仕事の現場には集合時間のだいぶ前に到着するそうで、
スタッフからは、
あんまり早く来ないでください
と、言われることもあるといいます(笑)
井上順は森光子の”罰金制度”に舞台を支えるすべての人への感謝を忘れない姿勢を学んでいた
また、森光子さんの舞台では、「セリフを忘れたりセリフを噛んだら罰金」という制度があったそうですが、
実は、この徴収した罰金は、森光子さんが密かに積み立てており、スタッフの慰労会の費用に充てていたそうで、森光子さんは、自分のためではなく、舞台を支えるすべての人への感謝をいつも忘れずにいたといいます。
ちなみに、1994年の舞台「御いのち」でのこと、登場人物の死を伝えるシリアスなシーンで、最前列のお客さんが「あらぁ!」と声をあげたことから、森光子さんは、吹き出しそうになりながらも、台本通り、泣き崩れる演技をしたそうですが、
森光子さんは、お客さんに背中を向けながら、井上順さんを見上げてニコッと笑ったそうで、
(これは森光子さん流の”イタズラ”)
井上順さんは、太ももをつねりながら、必死に笑いをこらえたそうですが、井上順さんがセリフを言う時、しばらく間が空いたことから、
(スタッフは井上順さんがセリフを忘れたのではとハラハラしていたそうです)
終演後、森光子さんに、
順ちゃん、罰金3万円ね
と、請求されたそうですが、
井上順さんが、
森さんだって吹き出しそうになってたじゃないですか
と、言い返すと、
森光子さんは、
あれは泣き声よ
と、にやりと笑ったといいます。
井上順は森光子と東山紀之の食事の席に同席させられていた
ただ、この罰金制度、東山紀之さんだけは罰金を課されることがなかったそうで、
井上順さんがセリフをミスすると罰金が課せられたのに対し、東山紀之さんがミスをしても、
森光子さんは、
あれはミスじゃない
とかばい、罰金が徴収されなかったのだそうです。
さらに、ある時には、井上順さんが、森光子さんが行きたがっていたお店を予約したにもかかわらず、
森光子さんは、
東山さんから食事に誘われたから、また今度
と、断ってきたそうで、
それなら、2人で会えばいいものを、井上順さんも同席させられたといいます。
というのも、2人だけでは場が持たなかったからで、
2人の会話はというと、
東山紀之さん:森さん、これ美味しいですよ
森光子さん:おいしゅうございますね
というような感じで全然続かなかったそうで、
そこで、井上順さんが茶々を入れると、
もう!順ちゃんには情緒ってものがないのね
と、叱られたそうですが、
井上順さんは、
そんな役回りでも僕は森さんが笑顔になってくれるのが嬉しかった。彼女は周囲にそう思わせる魅力がある人でした。
と、語っています。
井上順は森光子のプロ根性を目の当たりにしていた
また、ある時には、帝国劇場に出演中の森光子さんが大ケガを負ったという知らせが入ったそうで、ちょうどその時、井上順さんは、帝国劇場の近くの劇場に出演していたことから、駆けつけると、森光子さんの足全体が紫色のミミズ腫れになるほど腫れ上がっていたといいます。
そこで、井上順さんが、必死に病院行きを勧めたそうですが、森光子さんは、頑なに拒んだそうで、
その後、しばらく、
森光子さん:大丈夫
井上順さん:大丈夫じゃないですよ
森光子さん:大丈夫
と、押し問答が続いたそうですが、
最後には、森光子さんが、
お客様が来ているんだから、やめるわけにいかない
と、言ったことから、
井上順さんは、森光子さんの、その強い決意と文字通り体を張って観客に応えようとする姿に、歩んできた苦労の歴史と、真の”役者根性”を垣間見たそうで、
(森光子さんは、大成するまでは歌手として進駐軍の慰安を行うなど、紆余曲折の人生を歩んできたことから)昔からご苦労なさったわけじゃないですか。名前が出るまで。
悔しい思いも悲しい思いもしたと思いますけど、それを聞いた時に、“ああ、この根性だな”って。体を張って、舞台を見に来た方にお返しをしなくちゃっていう思いを、新たに感じさせてもらいましたね
と、語っています。
(森光子さんは、ライフワークとなる舞台「放浪記」で、劇中、でんぐり返しをするところが見どころだったため、いつも体を鍛えていたそうですが、それでもこの時はケガをしてしまったそうです)
そして、そんな森光子さんは、それまで「ザ・スパイダース」で活動していた井上順さんにとって、俳優としての心得を一から教えてくれた恩人であり、心を許し合える仲間ともいえる存在だったといいます。
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