元・「ザ・スパイダース」のリーダーで「田辺エージェンシー」の社長・田邊昭知さんにスカウトされると、タレント業では人気を博すようになるも、本業の歌手では、なかなかヒットに恵まれなかったという、研ナオコ(けん なおこ)さんですが、
1975年には、ついに、歌手としても、「愚図」が大ヒットとなると、その後、「あばよ」も大ヒットなり、以降、ヒット曲を連発します。

「研ナオコが若い頃は「時間ですよ」やミノルタカメラのCMで人気を博していた!」からの続き
研ナオコは21歳の時、シングル「愚図」がオリコン9位となる大ヒット
元・「ザ・スパイダース」のリーダーで「田辺エージェンシー」の社長・田邊昭知さんにスカウトされ、バラエティ番組やテレビドラマに出演すると、お茶の間では人気を博すようになったという研ナオコさんですが、
本業の歌手の方では、「京都の女の子」(1972年7月リリース)が4.2万枚のヒットとなって以来、ヒットがなく悩んでいたといいます。
そんな中、研ナオコさんの思いを察した田邊昭知さんが、研ナオコさんのレコード会社を変えるほか、楽曲づくりに奔走し、当時、「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」が大ヒットしていた宇崎竜童さんと阿木燿子さんのコンビに、
研ナオコを男にしてやってくれ
と、作詞作曲を依頼すると(笑)、
出来上がった曲「愚図」(1975年9月10日リリース)は、見事、初のオリコンチャートベストテン入りとなる大ヒットを記録。
同年末には、「第4回FNS歌謡祭」で「最優秀歌謡音楽賞」を受賞するなど、研ナオコさんは、たちまち、歌手としてもスターダムへと駆け上がったのでした。
(研ナオコさんいわく、この曲のヒットで、なぜか親戚が増えたそうです(笑))

「愚図」
ちなみに、研ナオコさんは、宇崎竜童さんが歌ったデモテープを聞いた時、衝撃を受けたそうで、この歌が売れなければ、「歌手を辞める」とまで思ったそうですが、
それまで全然売れなかったんですけど、「愚図」が売れて、うちの社長・田邊昭知っていう顔の恐い人が(笑)、ヒット記念パーティーを開いてくれたんです。
そのとき、初めて社長が泣いたんですよ。鬼の目にも涙って、ああいうことですよね。社長も、相当がんばったんだなーと思いました。その場面は忘れられないですね。
と、語っています。
研ナオコは22歳の時、シングル「あばよ」がオリコン1位となる大ヒット
そんな研ナオコさんは、
次の10枚目シングル「一年草」(1976年2月)

「一年草」より。
11枚目シングル「LA-LA-LA」(1976年6月)

「LA-LA-LA」より。
もヒットとなると、
さらには、12枚目のシングル「あばよ」は、自身初のオリコン1位を獲得する大ヒットとなり、同年末の「第27回NHK紅白歌合戦」に初出場を果たすほか、「第18回日本レコード大賞歌唱賞」「日本歌謡大賞放送音楽賞」「FNS歌謡祭最優秀歌謡音楽賞」など、数多くの賞も受賞しているのですが、

「あばよ」より。
その後も、
- 1977年3月「風をくらって」

「風をくらって」 - 1977年6月「オヽ神様」

「オヽ神様」 - 1977年9月「ふられてやるさ」

「ふられてやるさ」 - 1978年3月「かもめはかもめ」

「かもめはかもめ」 - 1978年7月「窓ガラス」

「窓ガラス」 - 1978年10月「みにくいあひるの子」

「みにくいあひるの子」
と、”ナオコ節”と言われる独特な歌声と歌唱法でヒットを連発し、一躍、人気歌手の仲間入りを果たしたのでした。
研ナオコは中島みゆきの詩の世界観に共感していた
ところで、研ナオコさんのヒット曲「LA-LA-LA」「あばよ」「かもめはかもめ」の作詞作曲は中島みゆきさんなのですが、研ナオコさんは、飛行機の中で、初めて中島みゆきさんの曲「アザミ嬢のララバイ」を聴いた時に、
私、この人の歌の世界好きだ
と、中島みゆきさんの持つ、歌の世界、詩の世界のすべてが好きになり、
さっそく、翌日、マネージャーに、
この人に曲つくってほしいんだけど、聞いてみてくれる?
と、頼んで、中島みゆきさんに曲を作ってもらうことになったそうで、
研ナオコさんは、中島みゆきさんの第一印象について、
レコーディングの日だったんですけど、どこにいるか分からなくて。スタジオの隅っこで、メガネかけて髪の毛引っ張って結んで、地味な洋服着て、短い鉛筆で詞を書いてたんです。
不思議な感じでしたね。こういう人が、ああいう歌の世界を書くんだ、って。もう、挨拶しかできなかったですね。こう見えても、けっこう人見知りなもんで。エヘヘヘ(笑)
と、語っています。
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タレント・女優としてだけでなく、歌手としても大成功を収めた、研ナオコ(けん なおこ)さんですが、人気絶頂だった1977年、「大麻取締法違反」容疑で逮捕されます。 「研ナオコは若い頃「愚図」「あばよ」が大ヒットしていた!」 …














