1985年、テレビ番組「女ひとり旅」で、スタッフの野口典夫さん知り合って交際に発展し、1987年に結婚した、研ナオコ(けん なおこ)さんは、結婚後も仕事を続けているのですが、野口さんの協力が大きかったようです。

「研ナオコは現在の旦那の野口典夫とは「できちゃった婚」だった!」からの続き

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当初は子育ての価値観が違っていた

1987年、妊娠をきっかけに、テレビ局のスタッフとして働いていた野口典夫さんと電撃結婚すると、同年には、男の子を出産し、1989年には女の子を出産した研さんですが、

ご主人の野口さんによると、(特に芸能人の子どもということで)どういう学校に入れたらいいか、子供たちにとって良い環境か、安心して送り迎えができるかどうかなど、それぞれ考え方が異なり、いろいろ話し合ったといいます。

仕事と子育ての両立で倒れていた

そして、できるだけお手伝いさんに頼らず、自分たちでやって行こうと決めたそうで、子供2人が幼稚園の頃は、研さんが、どれほど深夜まで仕事をしても、朝早くにお弁当を作り、幼稚園に送り迎えに行くことになったそうですが・・・

研さんは、あまりのハードスケジュールに倒れてしまったのだそうです。(ただ、ストレスは感じていなかったそうです)

そこで、以降、野口さんが研さんのスケジュールを管理し、子供の送り迎えは二人で分担するようになったそうですが、送り迎えは、母親がするのが当たり前の時代だったため、野口さんだけ、お父さんがポツンといる感じだったそうです。

それでも、園長先生が、ある日、集会の時、

野口さんのお家はお父様が送り迎えにいらっしゃっています。これはとっても素晴らしいことなんですよ

と、言ってくれたことがあったそうで(ほかのお母さんたちは神妙にうなずいていたそうです)、それ以降、お父さんたちの送り迎えが増えていったとのことでした。

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夫・野口典夫は息子と学校の橋渡し的な存在だった

ただ、その後、子供たちが大きくなると、今度は、子供たちが「研ナオコの子供」ということで悩み始めたといいます。

というのも、息子さんが小学校3年生くらいの時、友達ができたとすごく喜び、その友達が家に遊びに来ることになったそうですが、

友達は、家の前で、「研ナオコいるの?」と聞いてきたそうで、息子さんが、「お母さんいないよ」と言うと、そのまま帰ってしまったというのです。

(また、息子さんは、日頃から、友だちに「車、何台あるんだよ?」など、興味本位でいろいろ質問されていたそうです)

そんなことが重なり、息子さんは人を信用しづらくなってしまったそうですが、野口さんが、先生と連携して、家での様子を先生に伝え、先生からは学校でどんなことがあったかを伝えてもらうなど、互いに報告し合ってくれたそうで、

研さんは、

私が出て行くと、強い印象を与えてしまうから、助かりましたね。そこから息子も少しラクになったみたい。

と、語っています。

「研ナオコの娘は歌手のひとみ!息子は?」に続く

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