お母さんが体調不良となったことにより、イギリスから帰国し、再び、お母さんと一緒の窮屈な生活を送っていたという、安藤和津(あんどう かず)さんですが、そんな中、将来、夫となる、奥田瑛二さんと知り合ったといいます。

「安藤和津が若い頃は母親からイギリス留学を命じられていた!」からの続き

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奥田瑛二との馴れ初め

安藤さんが奥田瑛二さんと知り合ったのは、友人のパーティーだそうですが、

パーティーが朝の4時に終わり、安藤さんがタクシーで帰ろうとしていると、奥田さんが、(帰る方向が同じなので)恵比寿までタクシーに同乗させてほしいと頼んできたそうで、このことがきっかけで、翌日、六本木の喫茶店で会うことになったそうです。

(この時、奥田さんは、恵比寿のアパートを追い出されて、3ヶ月間ホームレス生活を送っていたそうで、パーティーが終わった時、大雨が降っていたことから、どうにか寝る所を確保できないかという下心があったそうですが、安藤さんに振られてしまい、せめて恵比寿までタクシーに同乗させて欲しいと頼んだそうで、タクシーを降りた後は、仕方なく追い出された恵比寿のアパートに行き、その裏にあったトタン屋根のある材木置場で雨をしのぎ、翌日、恵比寿から六本木まで歩いて喫茶店に行ったのだそうです)

毎日のように奥田瑛二に食事をご馳走していた

さておき、安藤さんが喫茶店に到着すると、奥田さんは、すでにエビピラフとアイスコーヒーを先に注文して食べ終わった後で、しかも、先に店を出てしまい、安藤さんがお金を支払ったそうです。

それでも、安藤さんは、

(当時、奥田は)借金しかなかった。飲み屋とかツケで、「この通りは歩けません」とか。

最初は救済事業みたいな気になっていた。(俳優として)売れないのに自分で生活を変えようとしない。お尻を叩かなきゃ

と、思ったそうで、

怒るどころか、以降、毎日のように、そこの喫茶店で奥田さんと会うようになったのだそうです。

奥田瑛二の「よだれ」で母性本能に火がついた

そんな中、3日ぶりに奥田さんと会った時のこと、お好み焼き屋に一緒に行き、安藤さんが奥田さんにお好み焼きをお皿にとってあげると、

奥田さんは、「いただきます」と言おうとしたその瞬間、一本線のよだれが垂れていたそうで、

(奥田さんは3日間何も食べていなかったそうです)

安藤さんは、

それを見て、この人にお腹いっぱい食べさせてあげたいって本当に思った。母性本能がよだれでわしづかみに・・・

と、母性本能に火がついたのだそうです(笑)

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奥田瑛二の世話を焼いていた

また、安藤さんは、奥田さんから、

実は僕、泊まるところもないんだ

と、告げられたこともあったそうですが、

その時も、

この人(奥田さん)は魚の腐ったような目をしている。どうにかしなければいけない!

と、知り合いの銀座の老舗レストランの息子を紹介し、そこで居候できるように手配してあげたほか、

高級ブランド「FENDI(フェンディ)」の水着を奥田さんに渡して、プールに連れて行き、有名振付師の下でジャズダンスのレッスンを受けさせるなど、いろいろと世話を焼いたのだそうです。

(いつ頃からかは不明ですが、この頃あたりから、2人は交際していたようです)

「安藤和津は母親に促され奥田瑛二とスピード結婚していた!」に続く

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