左腕投手として、速球投手でありながら制球力も抜群で、4度のシーズン20勝以上、6年連続リーグ最多奪三振を記録するなど、最終的には、206勝158敗193セーブ2987奪三振という素晴らしい成績を残した、江夏豊(えなつ ゆたか)さんですが、実は、もともとは右利きで、小学生の時に、お兄さんに強制的に左利きにさせられていたといいます。

「江夏豊の幼少期は?3兄弟全員が異父兄弟だった!」からの続き

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小学5年生の頃に長兄の房雄に買ってもらったグラブは左利き用だった

幼少期から、年の離れたお兄さん2人と、六角形の鉛筆の面を削ってヒットや三振と書き、転がして遊ぶ野球ゲームをして遊んでいたという江夏さんは、

やがて、近所の子供たちと田んぼや道路で三角ベースをして遊ぶようになると、小学5年生くらいの時には、長兄の房雄さんに初めてグラブを買ってもらったそうですが・・・

江夏さんは右利きだったにもかかわらず、そのグラブは左利き用だったそうです。

長兄の房雄に強制的に左利きにさせられていた

というのも、当時、プロ野球のスターだった「青バット」の大下弘さんや「赤バット」の川上哲治さんが左利きだったからか、長兄の房雄さんに、強制的に左利きに変えさせられたのだそうですが、

(大下弘さんは、青色のラッカーを塗装した青バットを使って本塁打を連発したことから「青バット」、川上哲治さんは、赤いバットを使用してヒットを量産したことから「赤バット」と呼ばれ、絶大な人気を博したそうです)

食事でも左で箸を持たないと房雄さんに怒られることから、左で箸を持って食べていると、今度は、お母さんから、(当時はまだ左利きに偏見があった時代だったため)「右手で箸を持ちなさい」と、怒られたそうで、それが辛かったそうです。

(食べたい盛りだった江夏さんとしては、右でも左でもどちらでもいいから、とにかくごはんをかきこみたかったそうです)

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酒癖が悪い長兄の房雄に殴られるのが嫌で左で箸を持って食べていた

ちなみに、房雄さんは、プロパン会社で経理をしていたそうで、とても美しい数字を書く、几帳面な性格だったそうですが、

酒癖が悪く、酔うと手がつけられないほど暴れたそうで、江夏さんは、殴られるのが嫌で、左手で箸を持ってご飯を食べていたのだそうです。

(普段、真面目だった分、余計に、お酒を飲んだ時との落差が激しかったそうです)

「江夏豊は中1のとき先輩と乱闘し野球部を退部させられていた!」に続く

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