なかなか安定したピッチングが出来ない中、ある日、バッティングで大活躍した、江夏豊(えなつ ゆたか)さんは、藤本定義監督から打者転向を勧められ(投手クビのピンチに立たされ)、ヤケになりかけていたといいます。

「江夏豊の初先発は2回4失点で降板させられていた!」からの続き

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打撃で大活躍すると・・・

1967年4月23日、金沢・兼六園球場での中日戦でのこと、江夏さんは、1対7の3回から、敗戦処理として登板していたそうですが、バッターとして打席に入ると、4回2死、山中巽投手の直球を捕らえ、ライトスタンドの場外に消える2ランホームランを放ったそうで、

(プロ2打席目で初ホームランだったそうです)

このことがきっかけとなり、阪神打線に火がつくと、5回に再び回ってきた打席では、右前に2点打を放ち、ついに、8対7と逆転。

こうして、江夏さんは、敗戦処理どころか、勝利投手の権利まで手にしかけたそうですが・・・

藤本定義監督に打者転向を勧められていた

5回裏には、一枝修平さんに同点ソロを浴びて降板させられたそうで、試合後、宿舎に着いて食事をしていると、マネージャーから、

監督が呼んでいるぞ

と、言われ、

何か怒られるのかなと思いながら、藤本定義監督のところに行ってみると、

藤本監督には、

すごいバッティングだったな。バッターに転向するか?

と、言われたそうで、

藤本監督が、どこまで本気かは分からなかったそうですが、江夏さんには本気に聞こえ、いつもはやさしいおじいちゃんの藤本監督のこの言葉がグサッときたそうです。

また、こういう話をする時の藤本監督の声は小さく、こちょこちょとしていて聞きづらかったため、余計にカーっと腹が立ったそうで、

くそじじいが、何ぬかすんや

と、思いながら、早々に引き上げ、よくかわいがってもらっていた先輩の和田徹さんに、「今、 監督に『ピッチャークビだ』と言われました」と、散々、愚痴をこぼしたのだそうです。

2試合連続でパッとせず先発をあきらめるも・・・

それでも、その3日後の4月26日のサンケイ戦で再び先発したそうですが、初回に2四球を与えるなどパッとせず、3回には無死一、二塁のピンチを招いて降板させられたそうで、

さすがに、これでもう先発はないと思った江夏さんは、その後、毎晩ネオン街に繰り出しては、徹夜で麻雀をしていたそうですが、

それから3日後の4月29日、その日は、甲子園で広島を迎えてデーゲームだったそうですが、朝、球場に着くと、川崎投手コーチから、いきなり「おい、先発だ」と言われたそうで、

慌ててトレーナー室に駆け込み、30分ほど仮眠を取ったのだそうです。

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6連勝すると打者転向話は立ち消えに

しかし、試合が開始すると、初回、先頭打者の竹野充昿さんを2ゴロに抑えたの皮切りに、その後、5回まで無安打で抑え、

(この時はまだ、後に、投球の生命線となる、右打者の外角低めへの制球力はまだなかったそうで、武器は右バッターの内角に食い込むクロスファイアだけだったそうです)

6回には、初安打となるソロホームランを久保祥次さんに喫するも、2回にキャッチャーの辻佳紀さんの犠牲フライなどで挙げた2点を守りきって、10奪三振で完投勝利したそうで、登板5試合目で初勝利となったのだそうです。

(セ・リーグの新人で一番乗りの勝ち星だったそうです)

すると、以降、6連勝したそうで、すっかり、「バッター転向」の話は、監督からも投手コーチからも出なくなり、立ち消えになったのだそうです(笑)

「江夏豊は長嶋茂雄に内角高めのストレートを芯で捉えられていた!」に続く

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