1969年3月26日、ロッテとのオープン戦で、60打席目にして、ようやく初ホームランが出た、田淵幸一(たぶち こういち)さんですが、実は、このホームラン、ロッテバッテリーによる温情で打たせてもらった一発だったそうで、その後は、全く音なしで、シーズン開幕まで8日と迫った4月3日の中日戦では、僚友・星野仙一さんと対戦するも、快音は響くことはありませんでした。

「田淵幸一の初ホームランはオープン戦60打席目でようやく出ていた!」からの続き

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初ホームランはロッテバッテリーの温情によるものだった

1969年3月26日、ロッテとのオープン戦で、60打席目にして、ようやく、プロ初ホームランが出た田淵さんは、打球の行方を確かめながら、ゆっくりとバットを置き、走り始めたそうですが、なぜか、打たれたロッテの妻島投手にも、守っているロッテナインにも笑顔で見送られたといいます。

実は、試合後、ロッテの醍醐捕手は、

きょうの田淵は成田が気を抜いて投げた内角のタマにも振り遅れていた。七回の三ゴロもバットと体が一体になっていない。田淵の一発を打ちたいという気持ちが打席から痛いほど伝わって来るんだ。

そのとき、ふと自分のデビュー当時の気持ちを思い出してね

と、語っており、

田淵さんに、ホームランを打たせてやりたいと思っていたというのです。

(マウンドの妻島投手も醍醐捕手と同じ気持ちだったそうで、醍醐捕手が「外角寄りの直球」のサインを出すと、妻島さんはニッコリうなずき、「外角寄りの直球」を投げたのだそうです)

中日とのオープン戦では僚友・星野仙一と対戦するも・・・

こうして、ロッテバッテリーの温情で、初ホームランを放った田淵さんですが、このホームランで大不振から抜け出せるほどプロの世界は甘くなく、その後も音なしだったそうで、

シーズン開幕まで8日と迫った4月3日、岡山での中日2回戦では、僚友・星野仙一投手と初対戦を迎えたそうですが、

(後藤監督も「ええ、きっかけになってくれれば・・・」と大きな期待を抱いていたそうです)

星野投手とは2回と4回に対戦するも、いずれも平凡な遊ゴロに打ち取られ、この試合も、3打数ノーヒット1三振に終わったのだそうです。

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星野仙一は辛口のコメント

ちなみに、星野投手は、試合後、そんな田淵さんについて、

打撃フォームが変わったと聞いていましたが、確かにおかしいですよね。第一、打席に迎えた時に受ける感じが違う。迫力がまったくない。大学の時はあんなことはなかった。ずいぶん悩んだり、迷ったりしているんだろうなと思った

大学のときによく打っていた外寄りの低めのストレートまで打てなくなっている。あまり気の毒なんでカーブを投げるのを遠慮しましたよ

と、辛口のコメントをしています。

(田淵さんは、星野投手を「生涯の友」と呼んでいるのですが、それほどの仲だからこそ、星野投手も言いにくいことをズバッと言えたのかもしれません)

「田淵幸一のプロ初打席は平松政次に3球三振(見逃三振)していた!」に続く

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