1990年、西武ライオンズを2年ぶりにリーグ優勝&日本一に導いた、森祇晶(もり まさあき)さんは、1991年もリーグ優勝を果たすと、広島カープとの日本シリーズでは、2勝3敗と王手をかけられるも、その後、2連勝し、逆転で日本一に輝きます。

「森祇晶の西武監督就任5年目は巨人に4勝0敗で日本一になっていた!」からの続き

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1991年は序盤は順調も6月には清原和博ら打撃陣の不振で2位に後退していた

1990年、2年ぶりに、西武ライオンズをリーグ優勝&日本一に導いた森さんは、1991年も、開幕から8連勝するなど順調に勝ち進み、5月23日時点で、2位の近鉄に9.5ゲーム差をつけて首位を独走します。

ただ、6月に入り、不動の4番打者・清原和博選手が不振に陥ると、それにともなって打線も沈黙し、工藤公康・渡辺久信・郭泰源らの先発投手陣が援護に恵まれず、6月9日から5連敗。すると、その間、近鉄に追い上げられ、7月16日からの近鉄との直接対決では連敗し、近鉄に首位を奪われます。

1991年も最終的には2位の近鉄を突き放して2年連続リーグ優勝

それでも、以降、近鉄とのマッチレースとなり、連勝と連敗を繰り返すと、清原選手、秋山幸二選手、オレステス・デストラーデ選手らが復調し、8月には8連勝。

そして、8月28日から9月17日にかけて、引き分けを挟む12連勝で、近鉄を突き放して首位に浮上すると、最後まで首位を譲らず、10月3日の日本ハム戦で2年連続リーグ優勝を決めたのでした。(最終的に81勝43敗6分で貯金38)

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広島との日本シリーズでは2勝3敗と王手をかけられるも2連勝で逆転日本一になっていた

また、山本浩二監督率いる広島カープとの日本シリーズでは、2勝3敗と王手をかけられるも、第6戦、1対1の同点で迎えた6回裏、一死満塁の場面で、代打・鈴木康友選手がレフト前に2点適時打を打って、3対1と勝ち越すと、続く秋山幸二選手が3ランホームランを放って6対1とリードを広げ、その後は、6回から登板した石井丈投手が4イニングをわずか1安打に封じて、最終回(9回表)も3人で片付け、3勝3敗のタイに。

そして、第7戦(雨天のため1日順延)も、先発・渡辺久信投手が、序盤、制球が定まらず、2回表、二死一塁から、山崎隆造選手、達川光男選手、高信二選手と3者続けて四死球を与え、押し出しで広島に1点を先制されるも、5回裏、石毛宏典選手が中前ヒットで出塁し、すかさず二盗すると、続く鈴木健選手がタイムリーヒットを放って1対1の同点。続く伊東選手が犠牲バントで送ると、平野謙選手が逆転のタイムリー二塁打で1点を加え(2対1)、辻発彦選手が死球の後、代打・田辺徳雄選手が川口和久投手からタイムリー二塁打を放ち、3対1とリードを広げます。

さらに、7回裏には、伊東選手が中越二塁打、平野選手が中越三塁打、辻選手が左前ヒットと3連続長短打を放って2点を追加すると(5対1)、田辺選手が三振に倒れた一死後、秋山選手がこのシーズン4本目となる2ランホームランを放ち、7対1に。

すると、5回からマウンドに上がっていた工藤投手が9回まで無失点で投げ切り、西武は、2勝3敗から2連勝し、見事、逆転で日本一となったのでした。

「森祇晶は野村ヤクルトとの日本シリーズ初戦はサヨナラ敗けしていた!」に続く

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