2012年に、四代目市川猿之助を襲名して以降、日常的にパワハラ・セクハラをしていたという、四代目市川猿之助(よんだいめ いちかわ えんのすけ)さんは、特に弟子への扱いがひどかったと言われているのですが、相手の立場を見定めて態度を使い分けていたといいます。

「市川猿之助は4代目を襲名後パワハラセクハラをするようになっていた?」からの続き

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猿之助の暴走は「澤瀉屋」で圧倒的な力を持っていたから?

「二代目市川亀治郎」時代は、仕事とプライベートの区別をしっかりつけていたにもかかわらず、「四代目市川猿之助」を襲名した途端、パワハラ・セクハラをするようになったという猿之助さんですが、

「澤瀉屋(おもだかや)」は、歴史的に見ても、ほかの家に比べ、断然、リーダーである「猿之助」が力を持つという特徴があったそうで、

「猿之助」は、座頭(現代劇でいう座長)として自分の名前を冠する興行を行う力があるだけでなく、その演目、内容、キャスティングにも絶大な影響力を握っているうえ、自主興行も多いため、裏方の、劇場関係者、衣装、大道具などのスタッフは、「猿之助」の一声で決まるのだそうです。

(猿之助さんが事件を起こした時も、舞台「市川猿之助奮闘歌舞伎公演」が公演中でした)

また、さらに、猿之助さんは、「澤瀉屋」のリーダーとしてだけではなく、スーパー歌舞伎IIなどの舞台のプロデュース、脚本、演出と、全てをこなしていたため、その存在は絶大で、関係者への影響力と権力が、猿之助さんの暴走を加速させたのではと考えられています。

学生時代にも稽古場で弟子に向かって暴言を吐いていた?

ただ、猿之助さんは、まだ、学生の頃にも、稽古場で弟子に向かって、

弟子なんか家畜だからな!お前らは家畜だよ!

と、暴言を吐いていたこともあったといいます。

(猿之助さんは、特に、弟子の扱いが酷(ひど)く、気分次第で理不尽にキレていたといいます)

中村隼人らには高級ブランドを買い与えるほか自宅近くまで手厚く送迎していた

ただ、そんな猿之助さんも、相手の立場は見定め、態度を使い分けていたそうで、二代目中村錦之助さんの長男で“歌舞伎界のプリンス”とも呼ばれる門閥の御曹司・中村隼人さん、”歌舞伎界のサラブレッド”と呼ばれる中村壱太郎さんほか、芸能界の有名俳優たちには、“才気溢れる明るいナイスガイ”の一面しか見せなかったそうで、

(ただ、実際、面倒見もよく気遣いもできるため、歌舞伎界、芸能界には、猿之助さんを慕う人間は多いといいます)

猿之助さんは、2023年5月上旬には、明治座での公演を終えた後、中村隼人さんらを引き連れ、東京・表参道にある高級ブランドの店を訪れて買い物をすると、その後、都心のスペイン料理店で食事をし、深夜の帰路では、雨が降っていたため、自身の移動車で、中村さんをはじめとする若手出演者をそれぞれ自宅近くまで手厚く送迎していたといいます。

いい役や仕事をもらうために四代目猿之助の行為を受け入れる者たちもいた?

また、歌舞伎界のサラブレッドや芸能界の有名俳優でなくとも、興行でいい役柄に抜擢されたり、仕事をもらったりしていた人たちもいたそうですが、

そんな人たちは、みな、猿之助さんの「行為」を受け入れ、頻繁に猿之助さんのパーティーに顔を出してたといいます。

(一部では、「猿之助の喜び組」と呼ばれていたとか)

ただ、それでも、コロナ禍で仕事が激減して収入が減ってしまい、「少し我慢すれば仕事にありつける」と、悩みながらも、やむをえず、猿之助さんを受け入れていた人たちもいたといいます。

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四代目猿之助の行為を拒否した者は表舞台から消されていた?

一方、猿之助さんの「行為」を拒否した人たちは、完全に表舞台から消されたそうで、猿之助さんの圧倒的な権力により、苦悩を抱えたまま、声を上げることさえできなかったといいます。

「市川猿之助(4代目)のハラスメントを歌舞伎界全体でもみ消し?」に続く

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