1987年、24歳の時、アルバム「タンゴ・プリマベーラ」、シングル「黄色いバラのタンゴ」でタンゴ歌手デビューして以来、タンゴ界のトップアーティストとして、国内外で活躍している、冴木杏奈(さえき あんな)さんは、20代前半の頃、初めてタンゴを聴いて魅了されたといいます。

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年齢は?出身は?身長は?本名は?

冴木さんは、1963年4月15日生まれ、
北海道旭川市の出身、

身長169センチ、

血液型はA型、

本名は、種田享子、

学歴は、
旭川藤女子高等学校(現在は旭川藤星高等学校)卒業、

趣味は、陶芸、絵画、華道(未生流)、
特技は、陶芸挿絵、衣装デザインだそうです。

20代前半の時に初めてタンゴを聴いて魅了されていた

冴木さんは、3人兄弟(妹と弟)の長女として誕生すると、幼い頃から、音楽に恵まれた環境で育ち、バラードやリズム感のあるダンス音楽など、どんなジャンルの音楽も好きだったそうですが、

20代前半の時、ホセ・コランジェロ楽団のショ-を生で見て、バンドネオンの響きに魅了されたそうで、

冴木さんは、その時のことについて、

自分の中に眠っていた何かを揺り起こされたような感じでした。

タンゴはいつも根底にある音楽という感じです。私は北海道生まれですが、いつも故里に帰るとほっとする、あの感覚と一緒です。帰れるところがある、必ず帰れる場所、それが自分にとってはタンゴなのです。

と、語っており、

初めてタンゴを聴いた時の感動が、今でも忘れられないそうです。

24歳の時にタンゴ歌手としてデビュー

そんな冴木さんは、1984年、21歳の時、「ミスさっぽろ」に応募すると、見事選出されて芸能界に入り、

1987年、24歳の時には、小澤音楽事務所の新人歌手オーディションに応募すると、見事合格し、同年(1987年)4月22日には、アルバム「タンゴ・プリマベーラ」、シングル「黄色いバラのタンゴ」でタンゴ歌手デビューを果たしています。

ちなみに、冴木さんは、

私は、それまでの人生、どちらかというと自分が無く、周りから「こうした方がいいよ」と言われて、それをなんとなくやってきました。芸能界に入ったのも、自分がやりたいからというよりは、周囲から勧められてだったんです。

歌うことが好きだったのと、信頼できる方に、「やってみてダメだったら止めればいいじゃない」と言われたこともあって「じゃあやってみるか」と、芸能界デビューを決めました。

そうは言っても、やるからには、精一杯やりたいと思いました。デビュー当時は、夢や希望にあふれてましたね。

と、語っています。


アルバム「タンゴ・プリマベーラ」(尊敬するホセ・コランジェロさんに全曲作詞作曲をしてもらい、レコーディングもホセさんの楽団が参加してくれたそうです)

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「11PM」に水曜日のアシスタントとして出演

また、冴木さんは、1987~1988年には、深夜番組「11PM」に水曜日のアシスタントとして出演するほか、1987年10月には、テレビドラマ「アナウンサーぷっつん物語スペシャル」に出演するなど、音楽活動と並行し、タレントや女優としても活動しています。

「冴木杏奈はタンゴで日本人初の賞を受賞していた!」に続く

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