20代前半の時、ホセ・コランジェロ楽団のショ-を生で見て、バンドネオンの響きに魅了され、タンゴの虜(とりこ)になると、1987年、24歳の時には、小澤音楽事務所に所属して、アルバム「タンゴ・プリマヴェーラ」、シングル「黄色いバラのタンゴ」でタンゴ歌手としてデビューを果たした、冴木杏奈(さえき あんな)さんですが、タンゴ歌手としての活動のほか、タレント、司会、女優など様々な仕事をするうち、思うようにいかないことが多くなり、将来について不安を抱えるようになっていったといいます。

「冴木杏奈は24歳の時にタンゴ歌手としてデビューしていた!」からの続き

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2ndアルバム、3rdアルバムを立て続けにリリースするも・・・

1987年、24歳の時、アルバム「タンゴ・プリマヴェーラ」、シングル「黄色いバラのタンゴ」で、タンゴ歌手デビューした冴木さんは、1989年には、アルゼンチン・ブエノスアイレスでレコーディングしたセカンドアルバム「Rhapsody in Rain」、1990年には、サードアルバム「Standard Tango」と、立て続けにリリースするのですが、様々な経験をする中、うまくいかないことが多くなり、

(事務所の方針でやりたいことができなかったり、自分で選んだ仕事がうまくいかなかったり、オーディションの最終選考で落ちてしまったりと、最終的にダメになったことが続いたそうです)

期待した分だけ、うまくいかなかった時の落ち込みが大きくなり、やがて、「期待したって、結局またダメよね」と、いつしか諦めるのが上手になっていったそうで、

冴木さんは、この時の状況について、

性来が真面目なので、そういった状況でも一生懸命仕事はしていました。ただ、自分はどの方向にいくのだろうと不安はありました。

歌手をやっている、司会もやっている、こういうお仕事もしているし、こんなこともしている。仕事があるということは、とても幸せなことだけれども、自分はどこにいくのだろうと思う毎日でした。

そんな時に大きな仕事をいただいたんです。そして、それが終わった後に燃え尽き症候群になってしまったんです。

と、語っています。

俳優の香川照之と婚約するも一方的に婚約破棄されていた

そんな中、冴木さんは、長く交際していたという、俳優の香川照之さんと婚約し、事務所を退社するのですが、

(そのため、「いよいよ結婚秒読みか?」と言われていたそうです)

ほどなくして、香川さんから一方的に婚約を破棄されたそうで、冴木さんは、事務所に頭を下げて戻ったそうですが、やはり、仕事には差し障りが出てしまったそうです。

香川さんは、その直後、別の女性との結婚を発表しています

海外ツアーを成功させる

それでも、地道に音楽活動を続けた冴木さんは、1999年5月には、アメリカ・ニューヨークのライブハウス「S.O.B.s」で、初の海外ライブを行うと、

これを皮切りに、同年6月には、フランス・パリで初めてのコンサートを行い、続いて、10月~11月には、ロサンゼルス、ロンドン、ニューヨークでもコンサートを成功させています。

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ラファルダ・タンゴフェスティバルでは日本人初となる「タンゴに貢献した20人」を受賞

そんな冴木さんは、2008年2月からは、アルゼンチン・ブエノスアイレスでの国際交流基金助成ツアーを皮切りに、ベルリン、モスクワ、パリ、4月には、中国、ハワイでコンサートを開催し、

同年7月には、アルゼンチン南部のコルドバ州ラ・ファルダで毎年開催される「ラファルダ・タンゴフェスティバル」に日本人として初出演すると、タンゴに貢献した功績を讃えられ、「タンゴに貢献した20人に贈る賞」を、日本人(外国人)として初めて受賞しているのですが、

冴木さんは、

(ブロンズ像)どんなのいただいても(笑)。大きいステージであっても小さいステージであっても(緊張します)。今回のラファルダっていうアルゼンチンのフェスティバルでは6000人埋まったのかな。

その時の止まない拍手はうおーって感じで、やっぱり感動モノでした。だけども、もしお客さんが10人だとしても私の歌に対する気持ちは変わらないし、歌に対する気持ちが変わらないという事は緊張するってことも変わらないと思うんですよね。

正直、(想像が)ついてはなかったですけど・・・。でも、これからですよね。素晴らしい賞をいただいたり、いろんな国で評価をしていただいたり、すごくありがたいなあとは思うんです。ただこれで満足、これで最高っていうのはやっぱりいつまでたってもないと思うんですね。

いただいた事はすごくありがたくて、とても、感謝ですよね。でも何て言うのかな、大切なのは(例えば賞という)形でなくて「想い」だと思うんです。自分の歌に対する、タンゴに対する、音楽に対する愛。

もっと歌を愛して、もっとタンゴを愛して、その愛する音楽をお客さまに聴いてもらいたいという思い。やっぱり自分の音楽を心の底から愛してないと人には絶対伝わらないと思うんですね。キレイごとに聞こえるかもしれないけどわたしは本当にそう思ってるんです。

などと、語っています。

「冴木杏奈のデビューからのディスコグラフィーを画像で!」に続く

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