1998年、高校3年生の時に、アイドルグループ「チェキッ娘」としてデビューするも、翌年の1999年11月、わずか1年で「チェキッ娘」が解散すると、その内部ユニットだった「METAMO」で活動を続けていた、熊切あさ美(くまきり あさみ)さんですが、2002年には、自ら申し出て「METAMO」も解散し、ソロでの活動を本格化させます。ただ、仕事は激減し・・・

「熊切あさ美は「チェキッ娘」時代に同世代から様々な裏切りに遭っていた!」からの続き

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1999年「チェキッ娘」解散後は3人組ユニット「METAMO」で活動するも2002年には自ら解散していた

熊切さんは、1999年11月に「チェキッ娘」が解散した後も、「チェキッ娘」の内部ユニットとして結成された3人組「METAMO」のメンバーとして、引き続き、バラエティ番組への出演や歌手活動、DVDや写真集の発売など、多方面に渡り活動していたのですが、2002年3月31日には、「METAMO」も解散しています。

実は、熊切さんが解散を申し出たそうで、もともと、ドラマやバラエティ番組出演希望で、歌は好きではなかったうえ、「3人組」が嫌で、グループを抜けて早く一人でやりたいと思うようになっていたのだそうです。

ソロ活動を本格化させるも仕事が激減していた

こうして、ソロでの活動を本格化させた熊切さんですが、アイドル時代には忙しかった仕事が激減し、ほとんど仕事がない日々が続いたそうで、

(レギュラーは3本持っていたものの、仕事が毎日ないという状態が本当に怖く、不安で仕方がなかったそうです)

マネージャーを付けてもらえず、お給料は4万5千円だったことから、たまに仕事が来ると、現場に一人で出掛け、控室などにあるお弁当やお菓子を全部持って帰って空腹を満たしたのだそうです。

交際していた男性に二股をかけられていることが判明し仕事もお金もなく引きこもりのような状態になっていた

さらには、追い打ちをかけるように、交際していた(結婚してもいいと考えていた)男性に二股をかけられていることが判明し、その男性は別の女性と結婚してしまったそうで、

仕事もお金もなく、そのうえ、彼氏にもふられ、引きこもりのような状態になってしまったのだそうです。

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トーク力を磨くためキャバクラで働くことを決意

そんな中、熊切さんは、あるバラエティ番組で、共演者が「客商売の経験があるコは強い(トーク力がある)」と話していたのを聞き、それがずっと頭の中に残っていたそうで、

それまでアルバイトすらしたことがなかったそうですが、世間を見たことがなかったこともあり、トーク力を磨こうと一念発起。なんと、キャバクラで働くことを決意したのだそうです。

ちなみに、熊切さんは勤務地として仙台のキャバクラを選んだそうですが、(六本木や歌舞伎町など東京ではなく)仙台を選んだ理由について、

仕事で急に呼ばれても通える距離でと考え、なにかあっても、2時間半くらいで帰ってこれるところがいいなと思って。

あと、ネットでキャバクラのメッカを調べた時に、大阪、名古屋、福島なんかがバーッと出てきたんです。そのなかに仙台があって、「あ、仙台ってテレビ局ないじゃん」と思って。実際にはあるんですけどね(笑)

芸能人もいなくてバレないだろうという勝手な決めつけで選びました。

もし、お客さんに言われたら「双子です」って言えばいいやって。ネットとかも今ほどじゃなかったから、(仙台なら)分からないだろうと思って。

などと、明かしています。

「熊切あさ美は若い頃キャバクラ嬢と芸能活動を兼業していた!」に続く

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