信子さんの献身的なサポートにより、1981年には、首位打者のタイトルを獲得した、落合博満(おちあい ひろみつ)さんは、翌1982年には三冠王に輝くのですが、この時のインタビューが原因で、信子さんを怒らせてしまい、別れを切り出されていたといいます。

「落合博満は妻・信子の勧めで歯の治療を受け首位打者を獲っていた!」からの続き

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結婚を意識するも、信子にはお金目当てだと思われていた

食事だけでなく、ユニフォームの洗濯なども、信子さんにしてもらうようになっていた落合さんは、やがて、信子さんとの結婚を意識するようになったそうですが、

落合さんよりも9歳年上の信子さんにとって、落合さんは、母性本能をくすぐる弟のような存在に過ぎず、正直なところ、結婚はお金目当てではないかと心配していたといいます。

三冠王のインタビューで信子に激怒されていた

そんな中、落合さんは、1981年の首位打者に続き、1982年は三冠王に輝くと、

試合後のインタビューで、

この三冠王は、僕も信じなかったし、誰も当てなかった

と、言ったのですが・・・

これに、信子さんは激怒し、「この嘘つきヤロー!!」と言って落合さんをなじったそうです。

信子は落合博満が三冠王を獲れると確信していた

というのも、毎日、電話で、「今日は4の4」「ホームラン3本打った」など、その日の成績を信子さんに逐一報告する真面目な性格の落合さんに、信子さんは、「三冠王が獲れる」と確信し、

明日もがんばれば三冠王をとれる

あなた、(三冠王を)獲れるから!獲れるから!

などと、電話で言い続けていたのだそうです。

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ショックを受けた信子から別れを切り出されていた

にもかかわらず、落合さんが「誰も当てなかった」と言ったことに、信子さんは腹が立ったそうで、(まだ、落合さんとは結婚していなかったことから)せめて、「(落合さんにはお姉さんがいることから)姉が当てたよ」「姉さん、(三冠王)獲ったよ、ありがとう」などでもいいから、言ってほしかったのだそうです。

一方、落合さんはというと、当時、たくさんの人との交流があり、誰に義理を立てていいか分からず、とっさに出た言葉だったそうですが、ずっと落合さんを応援してきた信子さんには、「誰も当てなかった」と言われたことはショックでたまらず、落合さんへの気持ちが急激に冷めてしまい、電話で、落合さんに、貸していた部屋の鍵を返すように言い、もう部屋には来ないでほしいと言ったのだそうです。

「落合博満の妻・信子へのプロポーズの言葉とは?」に続く

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