現役時代には素晴らしい成績で「4代目ミスタータイガース」と称され、現役引退後も、ファンの間で幾度となく監督待望論が挙がるほど根強い人気を誇ってきた、掛布雅之(かけふ まさゆき)さんですが、掛布さんが阪神の一軍監督になれないのは、異なる三つの理由があるといいます。今回は、そのうちの一つ(飲酒運転)をご紹介します。
「掛布雅之の二軍監督退任は金本知憲監督との指導方法を巡る対立が原因だった!」からの続き
阪神の一軍監督になれないのは過去の飲酒運転が原因だった?
まず、一つ目は、1987年、シーズンを直前に控えた3月22日、掛布さんは飲酒運転で現行犯逮捕されているのですが、これに対し、当時の久万俊二郎オーナーは、「うちの4番は欠陥商品。野球選手以前に人間として失格だ」と、掛布さんを斬り捨て、
(チームの主砲に対し「そこまで言わなくても・・・」という声もあったそうですが)
さらには、関係者に、
私の目の黒いうちは、彼を絶対にウチの監督にはしない
と、言っていたというのです。
(掛布さんが、飲酒運転で現行犯逮捕されたことに対し、一部、「そこまで言わなくても・・・」と温情の声が上がっていたのは、当時は飲酒運転に対して社会全体の意識が低く、現在とは道路交通法も異なっていたからで、実際、掛布さんは、3~4日の謹慎処分の後、3月26日のオープン戦にはベンチ入りと寛容な処分で済んでいます。これは、掛布さんがプロ野球のスター選手だから優遇されていたわけではなく、一般人の間でも「飲酒運転くらいは・・・」との感覚もあったようです)
久万俊二郎オーナーは死ぬまで掛布雅之を許さなかった?
そして、ついには、久万オーナーの生前に、掛布さんが阪神に呼ばれることはなく、久万オーナーが死去した2013年に、ようやく、GMコーディネーターとして阪神への復帰が叶ったのでした。
他球団からの監督オファーを固辞していた
ちなみに、それまでの間、掛布さんは、ロッテオリオンズや東北楽天ゴールデンイーグルスから監督就任要請を受けていたそうですが、いずれも固辞していたそうで、
掛布さんは、その理由について、
地元のスター長嶋(茂雄)さんに憧れて始めた野球。でも、今の自分があるのはタイガースファンの熱い声援があったから。
阪神ファンが掛布雅之を育ててくれた。だからまず、一番にそのファンに恩返ししなきゃいけない。よそのチームのユニホームを着るのはそのあとだよ
と、明かしています。
産経新聞の記者・田所龍一に他球団からの監督オファーを受けることを勧められるも笑って拒否していた
また、産経新聞の記者・田所龍一氏によると、掛布さんが引退して数年経った頃、阪神から声がかからないのを心配し、「本当に久万オーナーの間はオファーが来ないかもしれない。求められるチームでユニホームを着た方がいいんじゃないか?」と、勧めたことがあったそうですが、掛布さんは笑って首を横に振っていたそうで、
その後も、田所氏が何度も掛布さんに他球団からの監督オファーを受けることを勧めると、ついには、「もうそのことは言うなよ」と、釘をさされたとのことでした。
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