1973年、高校3年生の春の甲子園大会では、素晴らしいピッチングを見せるも、ベスト4で敗退してしまった、江川卓(えがわ すぐる)さんですが、同年夏の栃木県予選でも、5試合で、被安打2、無失点、70奪三振、という圧倒的な投球で作新学院を甲子園に導いています。

作新学院高校時代の江川卓

「江川卓は高校時代チームメイトと不仲だった?」からの続き

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高校3年生の夏の甲子園全国大会栃木県予選ではノーヒットノーランを3回も達成していた

江川さんは、1973年、高校3年生の7月、「第55回夏の甲子園全国大会栃木県予選」で、初戦となる2回戦の真岡工業高等学校戦は21奪三振でノーヒットノーラン(4対0で勝利)、3回戦の氏家高等学校戦でも15奪三振でノーヒットノーラン(2対0で勝利)、続く、準々決勝の鹿沼商業高等学校戦も15奪三振で1安打完封(5対0で勝利)、準決勝の小山高等学校戦でも8回まで1安打完封10奪三振に抑えると(後続投手も抑え、6対0で勝利)、

決勝の宇都宮東戦も、(前日雨にもかかわらず)14奪三振でノーヒットノーラン(高校通算9度目)を記録し(2対0で勝利)、圧倒的な投球で作新学院を甲子園に導いています。

高校3年生の夏の甲子園全国大会栃木県予選では圧倒的な投球で作新学院を甲子園に導いていた

そんな江川さんは、結局、この県予選5試合で、被安打2、無失点(練習試合を含め140イニング連続無失点)、70奪三振、という驚異的な成績を残したのですが、

試合後のインタビューで、

最後の試合なので最終打者はぜひとも三振で打ち取りたかった。望み通り三振させた瞬間、これで甲子園に行ける、と思った。本当に勝ててうれしい。

無失点記録。関係ありません。必ずいつかは取られる。そんな記録よりまず勝つことです。甲子園では思い切って投げるだけ。負けたら負けたで仕方ない。でも最後の大会なので優勝したい。

と、喜びを語っています。

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県予選にもかかわらず「怪物・江川」を見ようと県外からも観客が殺到していた

ちなみに、この県予選、作新学院の初戦となる2回戦の真岡工業高等学校戦では、「怪物・江川」をひと目見ようと、球場は2万人の大観衆で超満員となったほか、

それ以降も、作新学院の試合がある日は、江川さん見たさに県外を含めて5千台以上の車が集まったそうで、球場周辺の道路は試合当日朝から大渋滞で完全に交通マヒとなり、40人以上の警察官が動員されたそうです。

「江川卓は高3の夏の甲子園では柳川商戦で奇策に苦戦を強いられていた!」に続く

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