入団2年目の1980年8月16日の阪神戦で、ついに、「空白の一日」の騒動以来負い目を感じていた小林繁投手と対戦すると、見事、176球で完投勝利した、江川卓(えがわ すぐる)さんですが、実は、この対決から遡(さかのぼ)ること約7ヶ月前の1980年1月、ステーキ店で小林さんとバッタリ会っていたといいます。

「江川卓は入団2年目に小林繁と初対決し完投勝利していた!」からの続き

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江川卓は小林繁とステーキ店で偶然会っていた

1980年8月16日の小林繁さんとの初対決から遡ること7ヶ月前の1980年1月(ドラフトから1年強経過)、江川さんは、飯倉のステーキ店で奥さんとカウンターに座って食事をしていたそうですが、

偶然、小林さんもその店で食事をしていたそうで、食事を終えた小林さんが奥の席から出口に向かって歩いて来た際、小林さんと目が合ってしまったといいます。

江川卓は小林繁に肩に手を置かれ微笑まれていた

ただ、江川さんは、(小林さんへの負い目から)身体が硬直して言葉も出なければ会釈もできなかったそうで、だんだん小林さんが近づいてくるものの、相変わらず、動けず、言葉も発することができずにいると、ついに、小林さんは江川さんの後ろまで来たそうです。

そこで、江川さんは、「何か言われるんだろうか・・・」と思ったそうですが・・・

小林さんは、何も言わずに江川さんの背中から肩に手を置いて、ほんの少し微笑んで出て行ったのだそうです。

江川卓は小林繁にどうしても勝ちたいと思うようになっていた

この出来事で、江川さんは、小林さんに許してもらえたと思ったわけではなかったのですが、少し気持ちが楽になったそうです。

ただ、(小林さんがいい人だったからこそ)どうしても小林さんに勝ちたいと思うようになり、夢にまで小林さんが現れ、「勝ちたい、勝ちたい」と寝言すら言うような状態になったそうで、

江川さんは、小林さんとの対戦にかける想いについて、著書「たかが江川されど江川」で、

僕のために、巨人を去らなければならなくなった小林さんに対して、巨人に入れてもらった僕が、ふがいないピッチングをすることは許されない。「どうしても勝つんだ」とピリピリして女房にもあたった。

プロで登板した266試合のなかで、一番神経を張りつめ、勝ちたかったゲームだったといっても、過言ではない。ピッチング自体はよくなかった。極度の緊張と雨でコンディションは最低だった。

が、この試合は僕のバットで勝負をつけた。5回。内角の ストレートをセンター前にもっていった。二塁手の岡田(彰布)君が飛びついたものの届かずに、倒れていたのを、昨日のことのように思い出す。〝江川騒動〟 以後のすべての屈辱を、そのとき920グラムのバットにこめたつもりだった。

是が非でも勝ちたいと願った因縁の試合に勝利したからと言って、僕の負い目が消えたわけではなかったのだ。だから、引退記者会見のときにも、「小林さんに迷惑をかけました」のひとことが出たのだ。引退した今でも、完全に許していただいたとは思っていない。僕が一生背負って行くべき傷であることには、変わりがないと思っている。

と、綴っています。

(小林さんは江川さんのことを「あの子」と呼んでいたのですが、この8月16日の初対決以降は、「江川君」と呼ぶようになったそうです)


たかが江川されど江川

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江川卓は2007年には小林繁と酒造メーカー「黃桜」のCMで共演していた

そして、それから28年が経過した2007年、江川さんは小林さんと酒造メーカー「黃桜」のCMで共演しているのですが、事前の打ち合わせなしで66分間対談した一部がCMとして放送されたそうで、

対談では、

江川さんが、

長いこと、申し訳ございませんでした

と、頭を下げると、

すぐに小林さんが、

謝ることないじゃん!

しんどかったよな。俺もしんどかったけど。二人ともしんどかった

と、言い、

他人につくられた問題だから、俺たちがつくった問題ではない

とも、言ったそうで、

江川さんは、2022年8月14日、自身のYouTubeチャンネル「江川卓のたかされ」で、撮影当時のことについて、

(小林さんの「他人につくられた問題だから、俺たちがつくった問題ではない」の一言で肩の荷が下りたか、というスタッフの質問に対し)下りないですね。変な意味じゃなくて、ありがたい言葉なんですけど、(小林氏にかけた迷惑は)自分は一生残っているので、言われて『ああ、終わった』とか『済んだ』という感覚は全然ないです。

ずっと申し訳ないのが続いてる。肩に100キロ乗っかってるものが99キロになったかな。1キロ減らしていただいたという感じはありますけど・・・

と、語っています。

(小林さんは、2010年11月17日、心筋梗塞による心不全のため、57歳という若さで他界されています)

「江川卓が巨人3年目に投手5冠も沢村賞を獲れなかった理由が酷い!」に続く

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